包茎
地下鉄の中吊り広告、深夜帯の男性誌、コンビニ書架。日本の街角は、ある時期から「包茎手術」の文字で埋め尽くされた。あれは医療広告の集積であると同時に、男性身体に対する不安の集積でもあった。包茎という語は、純粋な医学用語であると同時に、日本の戦後男性史を貫く文化記号として機能してきた。
包茎(ほうけい、ラテン語: phimosis、英: phimosis)とは、陰茎の包皮(preputium penis)が亀頭を翻転させて露出させることができない、もしくは翻転に困難を伴う状態を指す医学用語である。仮性包茎・真性包茎・カントン包茎の三類型に区別され、後二者は手術適応となる病態である。
概要
包茎は男性外性器の包皮被覆状態を記述する用語である。新生児・小児期にはほぼ全例が生理的包茎の状態にあり、思春期以降に包皮の自然剥離が進行する過程で、各個体の最終的な包皮被覆状態が決定される。成人期に至っても包皮翻転が困難な状態が残存した場合に、医学的な「包茎」として診断される。
英語 phimosis はギリシャ語 phimos(口輪、引き締め)由来の医学術語で、19 世紀以降の解剖学・泌尿器科学文献で術語化された。日本語「包茎」は明治期の医学用語整備過程で確立した訳語で、「包」(覆う)と「茎」(陰茎の婉曲表現)の二字熟語による造語である。
医学的分類
仮性包茎
仮性包茎(relative phimosis)は、平静時には包皮が亀頭を覆うが、勃起時または用手的に翻転させれば亀頭の露出が可能な状態を指す。日本人成人男性の多くがこの状態にあるとする報告が複数あるが、定義の幅が広く、明確な疫学データの確立は困難な状況にある要出典。仮性包茎は医学的には病的意義を持たず、衛生管理が適切であれば治療を要しない生理的状態とされる。
真性包茎
真性包茎(true phimosis)は、勃起時にも用手的にも包皮の翻転が不可能な状態を指す。包皮口の狭窄により亀頭の露出が物理的に困難となり、衛生管理の困難・性交時の疼痛・包皮内炎症の反復・尿道感染症のリスク等の医学的問題を生じる。手術適応となる病態である。
カントン包茎
カントン包茎(paraphimosis、嵌頓包茎)は、用手的に翻転させた包皮が冠状溝部で絞扼され、自然には元位置に戻らない緊急病態を指す。長時間放置すれば亀頭の血流障害・壊死を生じるため、緊急の医学的対応を要する。「カントン」は「嵌頓」(かんとん)の口語的読み崩しに由来する業界俗称である。
発生学・解剖学
胎生期において、包皮は胎齢 8 週前後に陰茎尖端の上皮性肥厚として形成され始める。胎生 16 週頃には亀頭を完全に覆う構造となる。出生時には包皮内板と亀頭表面の上皮が癒着しており、これが生理的包茎の基盤を成す。
幼児期から学童期にかけて、上皮の自然剥離(包皮分離)が漸進的に進行する。Øster(1968 年)の系統的調査では、3 歳児の約 90% は包皮翻転が困難で、思春期以降にこの比率が大きく低下することが示された。日本国内の調査でも、思春期以降に自然な剥離が進む傾向が確認されている。
包皮自体は、外板(角化重層扁平上皮)と内板(非角化重層扁平上皮)から成る二重構造である。内板表面には皮脂腺(タイソン腺)が散在し、亀頭との接触面に潤滑性を与える。包皮内側に分泌される白色脂質は恥垢(ちこう、smegma)と呼ばれ、衛生管理が不充分な場合に蓄積する物質である。
包茎手術
包茎手術(circumcision、環状切除術)は、包皮を環状に切除して亀頭を露出させる外科処置である。歴史的には宗教儀礼(ユダヤ教の割礼、イスラム教の割礼)、衛生処置、医学的治療の三系統が並存してきた。
手術術式としては、(1) 環状切除術(conventional circumcision)、(2) 背面切開術(dorsal slit)、(3) 包皮形成術等の選択肢がある。術後合併症としては、出血・感染・癒着・知覚異常・整容性の問題等が報告される。
世界各地域における割礼率は文化的要因により大きく異なる。米国では 20 世紀後半に新生児割礼の医療化が進み一時期は 80% 以上の高率であったが、近年は低下傾向にある。中東・アフリカ諸国では宗教的慣習として高い実施率を保つ。日本・東アジア・欧州大陸では新生児割礼は希少な選択である。
日本における包茎言説史
戦後日本における包茎言説の形成は、1970 年代以降の男性向け週刊誌・成人向け雑誌における医療広告の隆盛と並走した。包茎を「恥ずべき身体的欠陥」として位置づける言説が、医療機関側のマーケティング戦略と男性身体不安の相互作用を通じて拡大した経緯がある。
社会学者の澁谷知美は『包茎手術の社会学』(2021 年)において、戦後日本の包茎言説が、医療機関の広告活動・男性誌の編集方針・男性身体に対する文化的不安が三者結合して形成された社会現象であることを論じた。同書は、包茎の医学的実態と社会言説の乖離、不必要な手術の濫発、男性身体イメージへの長期的影響について、批判的検討を加えている。
このような社会言説への医学的反応として、近年の泌尿器科学会・性機能学会等は、仮性包茎は治療を要する病態ではないことを公式見解として明示している。日本性機能学会編『男性器の医学』(2015 年)等の医学資料では、仮性包茎の医学的中立性が繰り返し強調されている。
性表現分野における主題化
成人向け表現分野においては、包茎は独立したジャンル区分のひとつとして機能してきた。「皮被り」系・「短小包茎」系等の作品群は、包茎を主題化する商品分類として一定の市場を形成している。
ただし、包茎を演出主題とする場合、その描かれ方には文化的な含意が伴う場合が多い。包茎男性キャラクターを「冴えない」「童貞っぽい」といった記号として配置する慣行がエロ漫画・アダルトビデオ双方に見られ、これは前述の戦後言説史と共振する文化記号体系の現れである。
逆に、包茎であることを主体性の表現として再評価する流れも、近年の身体多様性言説と並走して観察される。包茎手術の不必要性を強調する医学的啓発、男性身体への過剰な評価圧力への批判等が、当該言説の再構築を進めている。
関連項目
参考文献
frontmatter references 参照。
参考文献
- 『標準泌尿器科学 第10版』 医学書院 (2021)
- 『プロメテウス解剖学アトラス 頸部・胸部・腹部・骨盤部』 医学書院 (2017)
- 『Campbell-Walsh Urology』 Elsevier (2020)
- 『ペニスの文化史』 原書房 (2002)
- 『包茎手術の社会学』 筑摩書房 (2021)
別名
- phimosis
- 仮性包茎
- 真性包茎
- 皮被り