AV(アダルトビデオ)
家庭用ビデオ機器の家庭普及は、それまで劇場上映を前提としていた成人向け映像の消費形態を、家庭内視聴へと構造的に転換させた。
AV(アダルトビデオ、英: adult video)は、家庭用ビデオ機器の普及に伴い 1981 年前後の日本で独自に発達した成人向け映像作品の総称である。本項では制作流通の制度史、自主規制団体の役割、ジャンル細分化の変遷、ならびに海外の成人映像産業との比較を扱う。
概要
AV は、家庭用ビデオテープレコーダー(VTR、後の VHS・ベータマックス)の家庭普及を制度的前提として成立した、戦後日本独自の成人向け映像作品形態である。映画館での上映を前提とするロマンポルノ・ピンク映画とは異なり、家庭視聴向けの設計、相対的に短尺(60-120 分)、ジャンル細分化、そして自主規制団体による業界内検閲という制度的特徴を持つ。
1981 年の業界成立以降、AV は急速に商品ジャンルを細分化させ、女優の専属制度、企画もの、素人もの、フェチ・ジャンル特化型作品等の多層構造を形成した。2000 年代以降のインターネット流通、2010 年代以降の動画配信プラットフォーム、ならびに 2022 年のAV 新法制定など、複数の構造的転換を経て現在に至る。
産業の成立
前史: ピンク映画とロマンポルノ
AV の直接の前史として、戦後日本の成人映画産業の二つの系譜が存在する。第一に、独立系プロダクションによる低予算成人映画(ピンク映画)が、1962 年の小林悟監督『肉体の市場』を端緒として、1960 年代を通じて発達した。第二に、大手映画会社・日活が経営危機への対応として 1971 年から 1988 年にかけて制作した「ロマンポルノ」シリーズが、成人向け映画の制作スタンダードを確立した。
これらの先行産業は劇場上映を前提としており、観客は映画館に出向く必要があった。家庭視聴という新たな消費形態の登場が、産業の地殻変動を引き起こすことになる。
VTR 普及と AV 産業の誕生
1975 年のソニー Betamax、1976 年の日本ビクター VHS の発表以降、家庭用 VTR は 1980 年代を通じて急速に家庭普及した。1980 年時点の VTR 普及率は 2.3% であったが、1990 年には 71.5% に達した(内閣府消費動向調査)。この技術的変化により、性表現の家庭視聴が大規模に可能となり、これに対応した独自の作品形態として AV が成立した。
業界の事実上の起源は 1981 年とされる。同年、日本ビデオ映像(後の宇宙企画の前身の一つ)、アテナ映像、英知出版等の独立系プロダクションが、家庭視聴向けの成人映像をビデオパッケージ商品として継続的にリリースし始める。代官山ビル(東京・渋谷区)、新宿、秋葉原等のビデオ専門店を中心とする流通網が形成され、レンタルビデオ業態(蔦屋書店の母体である CCC は 1983 年創業)の成長と並行して市場が拡大した。
専属女優制度の確立
1980 年代半ば、AV 産業は独自のAV 女優制度を発達させた。特定メーカーとの専属契約を結ぶ「専属女優」と、複数メーカーで撮影に応じる「企画女優」という二層構造が定着し、専属女優は宣伝・広告において主役級の扱いを受ける一方、企画女優は様々なジャンル作品の出演で生計を立てる構造が形成された。
1980 年代後半には村西とおる監督の手掛けたダイヤモンド映像系列の専属女優群がメディア露出を獲得し、AV 女優という職業のイメージが社会的に可視化されていく契機となった。一般メディア(週刊誌・テレビ)と業界メディアを往還する女優の登場は、AV を地下的存在から大衆消費財へと押し上げる象徴的事象として機能した。
自主規制と法制度
日本ビデオ倫理協会(ビデ倫)
AV 産業の成立と並行して、業界自主規制団体として 1977 年に設立されたのが日本ビデオ倫理協会(通称ビデ倫)である。ビデ倫は刑法第 175 条(わいせつ物頒布罪)への対応として、加盟メーカーの作品事前審査と修正基準を策定し、性器・挿入等の直接描写を画像処理(モザイク等)で隠す自主規制を運用した。
ビデ倫は 2008 年の幹部摘発事件以降、組織的影響力を低下させ、複数の後継団体(NEVA: 日本映像倫理機構、IPPA: 日本コンテンツ審査センター等)に分裂した。これにより業界内の修正基準が統一性を失い、流通段階での法的判断が個別事案化する傾向が強まっている。
法的環境
刑法第 175 条は、わいせつ物の頒布・販売・公然陳列等を処罰する条文として、戦後日本の成人映像産業の規制環境の根幹をなしている。同条のわいせつ概念は、最高裁判所の「四畳半襖の下張」事件判決(1980)等により判例上の解釈が確立されており、ビデ倫等の自主規制基準はこの判例解釈を前提として運用されてきた。
2022 年 6 月に成立した「AV 出演被害防止・救済法」(通称 AV 新法)は、AV 出演契約の取消権、撮影開始までのクーリングオフ期間等を定める法律であり、出演者保護の観点から制作流通プロセスに大きな構造変化をもたらしている。
ジャンルの細分化
形式的分類
AV のジャンル分類は、形式・内容・出演者属性等の複数の軸により多重分類される。形式的分類としては、専属女優の主演作品(ストーリー型)、企画もの(特定設定・状況型)、素人・ナンパ系(素人出演者を主軸とする企画)、ハメ撮り・個人撮影風(撮影手法を演出に組み込む形式)等が主要分類である。
内容的分類
内容的分類としては、体位・行為類別(例: 中出し、フェラ、ぶっかけ)、フェチ・嗜好類別(コスプレ、巨乳、痴女、寝取られ 等)、出演者属性類別(熟女、ギャル、人妻等)が並行的に運用されている。これら分類軸は重複可能であり、一作品が複数ジャンルに同時に分類される。
ジャンル発達の歴史的経緯
1980 年代の AV はストーリー型ドラマ形式が主流であった。1990 年代にかけて、特定行為・嗜好を主題化する企画ものが独立ジャンルとして発達し、ぶっかけ、痴女、寝取られ等の現代的ジャンルが確立した。2000 年代以降は、出演者属性を軸とする分類が強化され、熟女・人妻 等の年齢・属性型ジャンルが拡大している。
流通と消費
パッケージ商品時代
1981 年から 2000 年代前半まで、AV の主要流通形態はビデオパッケージ商品(VHS、後に DVD)であった。レンタルビデオ店、専門ビデオショップ、通信販売等を介した流通網が確立し、ピーク時には年間数千タイトルの新作が継続的にリリースされた。
デジタル配信時代
2005 年前後を境に、ストリーミング配信プラットフォーム(DMM.com、現 FANZA 等)の登場により、デジタル配信が主流化していく。ユーザは個別作品単位での購入またはサブスクリプション契約による視聴が一般的となり、パッケージ商品流通は段階的に縮小した。
2010 年代以降、海外の動画共有プラットフォーム上での無断アップロード(海賊版流通)が産業の重大な経済的脅威となっている。これは AV 産業に限らず、エロ漫画・エロゲ等の隣接産業にも共通する課題である。
海外との比較
日本の AV 産業は、米国(特にカリフォルニア州チャッツワース等の「ポルノ・バレー」)、欧州(ハンガリー、チェコ、ドイツ等)の成人映像産業と並び、世界三大成人映像産業の一角を成すとされる要出典。日本 AV の特徴として、(1) 自主規制によるモザイク処理の存在、(2) ジャンル細分化の極端な発達、(3) 専属女優制度、(4) ファン文化との緊密な接続(イベント、握手会、サイン会等)が指摘される。
文化的言及
ジャーナリスト藤木 TDC は『アダルトビデオ革命史』(2009)において、AV 産業の制度史を体系的に整理し、業界形成期から 2000 年代に至る変遷を一次資料に基づいて記述した。学術的研究としては、社会学者・宮台真司、フェミニズム研究者・上野千鶴子等による分析が、AV を戦後日本の性文化の一断面として位置づけている。
関連項目
参考文献
- 『アダルトビデオ革命史』 幻冬舎 (2009)
- 『ピンク映画水滸伝』 国書刊行会 (2008)
- 『風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律』 日本国法令 (1948)
- 『AV 出演被害防止・救済法』 日本国法令 (2022)