エロゲ
文章・イラスト・ゲームシステムの統合により、性表現は受動的視聴対象から能動的体験対象へと転換される。エロゲはこの転換を前提とする独自の作品形態として発達した。
エロゲ(エロゲー、eroge、英: adult video game、visual novel 等)は、性的主題を中心とする成人向けコンピュータゲームの総称である。本項では PC ゲーム史における発達経緯、ジャンルの分化、コンシューマ・ゲーム機・他媒体への波及、ならびに海外輸出の状況を扱う。
概要
エロゲは、家庭用コンピュータの普及に伴い 1980 年代前半の日本で独自に発達したゲーム作品形態である。プレイヤーが選択肢・行動を介して物語と登場人物に関与する構造を持ち、静止画のエロ漫画・実写映像のAVとは異なる、能動的・参加型の性表現メディアとして発達した。
エロゲは、PC ゲーム黎明期から現在のスマートフォン・配信時代に至る複数の技術世代を経て、独自のシナリオ・キャラクター類型・ゲーム形式を体系化してきた。「美少女ゲーム」「ギャルゲー」「ノベルゲーム」等の語は、エロゲと連続的なジャンル系譜を共有する隣接概念である。
産業と作品形式の系譜
PC 黎明期(1982-1989)
エロゲの起源は、1982 年前後の家庭用 PC(NEC PC-8001、シャープ MZ-80 等)の普及期に求められる。光栄(後のコーエー)が 1982 年にリリースした『ナイトライフ』、1983 年の『団地妻の誘惑』等が、商用エロゲの初期事例として記憶されている。光栄は後に歴史シミュレーション『信長の野望』『三國志』で著名になるが、創業期にはエロゲ制作を主軸の一つとしていた。
1980 年代後半、シャープ X1、X68000、NEC PC-8801、PC-9801 シリーズの普及に伴い、エロゲ市場が拡大する。エニックス(現スクウェア・エニックス)、エルフ、アリスソフト、ジャスト、シェイドウェア等のメーカーが、各々独自のシリーズを展開した。アリスソフトの『ランス』シリーズ(1989-)、エルフの『ドラゴンナイト』シリーズ(1989-)等は、ゲームシステムと性表現を統合した代表的初期シリーズである。
ノベルゲームの興隆(1990 年代後半)
1996 年の Leaf『雫』、1997 年の同社『To Heart』、1998 年の『Kanon』(Key)等を契機として、エロゲは大きな様式転換を経験する。これらは「ノベルゲーム」(または「アドベンチャーゲーム」)と呼ばれる、文章主導の物語体験を中心とする形式であり、選択肢による分岐構造とキャラクター主軸の物語性を強調した。
ノベルゲームは、エロゲの中で物語性・感情移入の比重を従来以上に高めたサブジャンルとして発達し、性表現は物語のクライマックスを構成する一要素として位置づけられる構造を確立した。Key の『AIR』(2000)、『CLANNAD』(2004)等は、コンシューマー機への移植・アニメ化を経て一般メディアでも広く認知された。
抜きゲーとの分化
ノベルゲーム系列の隆盛と並行して、性表現の濃度を最大化することを志向する作品系譜が「抜きゲー」(nukige)として独立サブジャンル化した。アリスソフト、Lilith、Black Lilith、Bishop 等のメーカーが、特定嗜好(寝取られ、調教もの、痴女もの等)を主題化する作品群を継続的に制作している。「催眠」と称される類型は実際の意識操作を写実的に描くものではなく、虚構上の物語装置として運用される。
抜きゲーは、ノベル系列と比較して短時間で完結する構造、嗜好特化型の主題設定、量産的なリリースペースを特徴とする。両系列は同じエロゲ市場内で異なる消費形態を構成し、現代に至るまで併存している。
スマートフォン・配信時代
2010 年代以降、PC パッケージ商品からスマートフォン・配信プラットフォーム(DLsite、DMM GAMES 等)への流通シフトが進行している。同時期、Steam 等の海外配信プラットフォームが部分的にエロゲを受容するようになり、海外市場へのアクセスが拡大した。
ジャンルとシステム
ノベル系・アドベンチャー系
文章とイラストの組み合わせを基本とし、選択肢による物語分岐を中核システムとする形式。Leaf、Key、ニトロプラス、TYPE-MOON 等のメーカーがこの系譜を発達させた。
RPG 系
戦闘・探索等のゲームシステムを伴うロールプレイングゲーム形式。アリスソフト『ランス』シリーズ等が代表例。シナリオ進行に伴い性表現シーンが配置される構造を持つ。
シミュレーション系
恋愛シミュレーション、育成シミュレーション、戦略シミュレーション等の形式。エルフ『同級生』(1992)、ELF『下級生』(1996)、illusion『ハニーセレクト』シリーズ(2016-)等。
キャラクター類型
エロゲの主要なキャラクター類型として、メイド、ナース、巫女、生徒会長、幼なじみ、お嬢様、義姉、教師、女医等が定着している。これらはコスプレ系の役割記号と並行して発達し、エロゲ・エロ漫画・同人誌・AVの各メディア間で共通する記号体系を形成している。
制度と法
自主規制団体
エロゲ業界の自主規制団体として、コンピュータソフトウェア倫理機構(通称「ソフ倫」、1992 年設立)が長らく中核的役割を果たしてきた。ソフ倫は加盟メーカーの作品事前審査と修正基準の運用を行い、業界の制度的安定に寄与している。2005 年以降、コンテンツ・ソフト協同組合(CSA)、コンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)等の関連組織が部分的に並行的役割を担う構造となっている。
法制度
エロゲは刑法 175 条、児童ポルノ法、各都道府県の青少年保護育成条例等の規制対象となる。1999 年の児童ポルノ法成立、2010 年の「東京都青少年健全育成条例」改正等は、エロゲ産業の表現規範に直接的影響を与えた。
海外への展開
英語圏では、日本のエロゲは eroge の語形で借用されるか、visual novel(ノベルゲームの場合)として認知される。MangaGamer(2008 年設立)、JAST USA(1996 年設立)等の翻訳出版社が、複数のエロゲ作品を英語版としてリリースしてきた。Steam プラットフォームでは、修正版(性表現を縮減した版)とパッチ適用版の組み合わせ形式での流通が一般化している。
米国・欧州の独立系ゲーム文化において、日本のエロゲは visual novel 形式の起源として認識されており、海外発の同形式作品(『Doki Doki Literature Club!』等)にも影響を与えた要出典。
文化的言及
評論家・更科修一郎、東浩紀、波状言論編集部による『美少女ゲームの臨界点』(2004)は、2000 年代前半までのエロゲ・美少女ゲームの理論的検討を行った代表的論集である。精神科医・斎藤環は『戦闘美少女の精神分析』(2000)等で、エロゲキャラクターを現代日本サブカル文化の中核的記号として論じている。
エロゲは、ゲームというメディアの能動性・反復性・選択可能性を性表現に適用した形式として、日本独自の発達系譜を持つ。その文化的影響はエロ漫画・同人誌・アニメ等の隣接メディアと相互浸透しつつ、現代日本のサブカル景観を形成する一要素となっている。
関連項目
参考文献
- 『美少女ゲームの臨界点』 波状言論 (2004)
- 『ノベルゲームのシナリオ作成・基礎メソッド』 秀和システム (2005)
- 『Beautiful Fighting Girl』 University of Minnesota Press (2011)
- 『コンピュータゲームの神話学』 PLANETS (2016)