フェラチオ
ラテン語の動詞が一つ、日本語の楽器の名がもう一つ。同じ行為を指す語が、二つの古層から並んで残っている。
フェラチオ(ふぇらちお、羅: fellatio)とは、口腔・舌・唇によって男性器に対し性的刺激を与える行為を指す名詞である。日本語では略して「フェラ」、古語的雅称として「尺八」と呼ばれてきた。本邦のアダルトビデオ領域における基幹的演出の一つであり、解剖学的・歴史的・文化的に多面的な蓄積を持つ概念である。
概要
フェラチオは口腔性交(英: oral sex)の一形態として位置づけられる。世界保健機関(WHO)等の医学資料は口腔性交を「性器を口・唇・舌で刺激する性行為」と定義し、性感染症伝播経路の一つとして公衆衛生上の関心対象としている。日本においては、刑法上のわいせつ概念・性風俗営業関連法令の双方において重要な位置を占める行為類型でもある。
成人映像作品におけるフェラチオは、本番行為(挿入)の前段としての導入演出、独立した主題場面、フィニッシュ演出(ごっくん・顔射)への導線という三つの機能を併せ持つ。受け手側が主導権を握る騎乗位・痴女系作品においても基幹要素として配置される。
派生・隣接形態として、男性側が能動的に動くイラマチオ、複数射出者を伴うぶっかけ、放出物の摂取を主題化するごっくんが並列している。
語源
ラテン語 fellatio
「フェラチオ」はラテン語名詞 fellatio(動名詞、語幹 fellare = 吸う)を直接借用した外来語である。fellare は古典期(紀元前 1 世紀前後)の文学作品にすでに用例が見られ、ローマの諷刺詩人マルティアリス『エピグラム集』(西暦 86–103 年頃成立)にも当該行為を指す動詞として登場する。能動態は奉仕する側の動作を指し、受動態 fellari は奉仕される側を指す対照を持つ。
英語形 fellatio は 19 世紀後半の医学・性科学文献を経由して定着した。ドイツの精神医学者リヒャルト・フォン・クラフト=エビング『性的精神病質』(Psychopathia Sexualis, 1886)等のラテン語訳語慣行のなかで、性行為の分類語として固定された経緯を持つ。
日本語「尺八」
日本における雅称「尺八」は、男性器を竹製管楽器に喩えた隠喩であり、江戸期から明治・大正期にかけての春画・戯作・川柳に頻出する。一尺八寸(約 54 センチ)に由来する楽器名と性器形状の類似に基づく言葉遊びとして、当該語は近世口語に深く定着していた。明治以降の近代化の過程で次第に俗称地位に降格し、戦後は「フェラチオ」「フェラ」が主要語形となったが、現代でも一部風俗業界用語として「尺八」表記が残存する。
歴史
古典期から近世まで
口腔による性的奉仕は、人類史を通じて広範な地域・時代に文献的記録を残す行為である。古代エジプト神話におけるイシス女神とオシリス神の交合、古代ギリシア・ローマの陶器画・壁画(ポンペイ遺跡の壁画など)、インドの『カーマ・スートラ』(西暦 4 世紀頃成立)第二部第九章「アウパリシュタカ(口腔交合)」など、複数文化圏に詳細な記述・図像が残る。
日本における当該行為の表象も、近世以前から春画・戯作・狂歌に断続的に現れる。喜多川歌麿『歌満くら』(1788 年刊)、葛飾北斎『万福和合神』(1821 年頃)等の春画には当該場面が描かれ、画中詞には「尺八」の語が使用される例が確認されている。
近代以降の医学・性科学言説
19 世紀後半以降、欧米の医学・精神医学が「性的倒錯」概念を整備する過程で、フェラチオは分類対象となった。クラフト=エビング、ハヴロック・エリス『性心理研究』(Studies in the Psychology of Sex, 1897–1928)等の古典的性科学文献は、当該行為を医学的記述対象として枠付ける役割を果たした。
20 世紀中盤、米国インディアナ大学のアルフレッド・キンゼイらによる『キンゼイ報告』(男性篇 1948、女性篇 1953)は、当時の米国成人を対象とした大規模統計調査により、口腔性交の実施経験率が想定を大幅に超える割合で存在することを示した。性行為の「正常」概念そのものを揺さぶる調査結果は、戦後の性意識変革に大きな影響を与えた。
日本における普及と AV ジャンル化
戦後日本において、口腔性交が一般男性誌・週刊誌で公然と語られるようになるのは 1970 年代以降である。ピンク映画・日活ロマンポルノによる性表現の商業化、1981 年アダルトビデオの登場という二段階の変化を経て、フェラチオは映像作品のなかで主題化可能な行為となった。
日本ビデオ倫理協会(ビデ倫)の自主規制下、性器・挿入の直接描写が制約されるなか、フェラチオ場面は他の挿入場面と比較して相対的に映像化しやすい側面を持つ(モザイク処理対象が小さい、女優の表情を主役に据えやすい、等)。1990 年代以降、フェラチオを主題化した独立作品群が確立し、「フェラ抜き」「主観フェラ」「Wフェラ」等の細分化された下位ジャンルが定着していった。
派生形態
主観フェラ(POV fellatio)
カメラを男性側の視線に据え、女優が画面正面のカメラに向かって行為する撮影形式。視聴者の没入感を主題化した演出で、2000 年代以降の個人撮影・ハメ撮り系作品の普及と並行して定着した。
Wフェラ(double fellatio)
二人の女性が一人の男性に対し同時に行う形態。複数女優同士の連帯演出の一つで、複数プレイの基幹構成要素として機能する。
イラマチオ(irrumatio)
男性側が能動的に動き、女性が受動的な姿勢を取る形態。語源はラテン語 irrumare(押し付ける、突き刺す)で、フェラチオと能動・受動の主体が逆転する関係にある。詳細はイラマチオ項を参照。
フェラから連結する演出群
放出物の摂取を伴うごっくん、複数射出者を伴うぶっかけ、顔面に向けた放出を主題化する顔射など、フェラチオはしばしば複合的演出の一部として組み込まれる。
文化的言及
文学・映像領域における当該行為の表象は、春画以来の伝統を持つ一方、近現代においては検閲制度との関係で論じられることが多い主題である。米国においては 1972 年公開のポルノ映画『Deep Throat』(監督ジェラルド・ダミアーノ)が当該行為を主題化し、社会的・法的論争の中心となった。同作の興行収入は推計 4,500 万ドル以上に達し、ポルノが一般文化の議論対象となる「ポルノ・シック」現象の起点として論じられる。
日本においては同人誌・エロ漫画・エロゲ等のサブカル領域においても普遍的に表象されており、巨乳・痴女・コスプレといった他属性との複合タグとして検索体系に定着している。
公衆衛生上の観点からは、口腔性交を経由した性感染症(HPV、淋菌、梅毒、HIV 等)の伝播リスクが医学的研究対象となっており、コンドーム・デンタルダム使用の啓発が行われている。
関連項目
参考文献
- 『Oxford Latin Dictionary』 Oxford University Press (1982) — fellare / fellatio の語義確認
- 『図説 浮世絵 春画の世界』 河出書房新社 (2009)
- 『性の用語集』 講談社現代新書 (2004)
- 『Sexual Behavior in the Human Male』 W. B. Saunders (1948)
- 『fellatio, n.』 Oxford English Dictionary (OED Online) https://www.oed.com/dictionary/fellatio_n