潮吹き
医学論文と AV ジャンル名が、同じ生理現象を別の語彙体系から見つめている。
潮吹き(しおふき)とは、女性が性的興奮の極期において尿道から液体を放出する生理現象、ならびにこれを意図的に主題化した成人映像演出を指す日本語表現である。医学領域では「女性射出」(英: female ejaculation)として研究対象となり、英語圏の俗称は squirting である。本項では生理学的記述、語源、AV ジャンル史、文化的言及について述べる。
概要
潮吹きは、女性の性的興奮高揚時に尿道から透明ないし乳白色の液体が排出される現象を指す。排出量は数 ml 程度から 100 ml を超える場合まで個人差・場面差が大きく、一般成人女性の経験率についても複数の調査で 10–50% 程度の幅のある報告が存在する。生理現象としての普遍性、医学的機序、液体組成については現在も研究が継続中の主題である。
日本語「潮吹き」は当該現象を直接指す名詞として、明治期以降の春画解説・性風俗文献に断続的に現れる。1990 年代以降の成人映像業界における演出ジャンル名として広く一般化し、現代では医学用語より先に流通する一般語として定着している。英語 squirting も同様に 1990–2000 年代に英語圏ポルノ業界で普及し、医学用語 female ejaculation と並列する関係にある。
語源
「潮吹き」は、名詞「潮」(しお、海水・塩水)と動詞「吹く」(ふく、勢いよく放出する)の複合により形成される語である。原義はクジラ等の鯨類が呼気を噴出する動作、ハマグリ・アサリ等の二枚貝が殻から水を噴き出す動作、海上での潮の飛沫等を指し、性的含意を持たない一般語として古典・近世文学に頻出する。
性的文脈での用法は、江戸期の春画・戯作にすでに先行用例があるとされ、女性の性反応における液体排出を雅称的に表現する語として用いられた。明治期以降は俗語・隠語として性風俗領域に温存され、戦後アダルトビデオ業界において演出ジャンル名として再活性化した。
英語圏の俗称 squirting は、動詞 squirt(液体を噴出する)の動名詞形であり、1990 年代以降の英語圏ポルノ産業における業界用語として定着した。医学用語 female ejaculation は 19 世紀後半の医学文献にすでに用例があるが、近現代に再注目されるのは 1980 年代以降である。
歴史
医学的研究の系譜
女性の性反応に伴う液体排出現象は、古代ギリシアのアリストテレス、ガレノス等の医学文献にも記述があり、近代以前から人体観察の対象となってきた現象である。17 世紀のオランダ解剖学者レイニール・デ・グラーフは『De Mulierum Organis Generationi Inservientibus Tractatus Novus』(1672)において女性の性的興奮時の液体排出について記述している。
20 世紀における近代的研究の起点として位置づけられるのが、1950 年のドイツ系米国人婦人科医エルンスト・グレフェンベルクによる論文である。グレフェンベルクは膣前壁内側に存在する性的感受性領域の存在を指摘し、当該領域刺激時の液体排出現象を報告した。彼の名前を冠する「G スポット」(Gräfenberg spot)概念は、1982 年のラダス、ホイップル、ペリーによる『The G Spot』により一般読者層へ普及した。
2010 年代以降、フランスの婦人科医サミュエル・サラマらの研究グループは超音波画像と尿成分分析を組み合わせた実証研究により、潮吹き時に排出される液体の主成分・由来を解明しようと試みた(Salama et al., 2015)。同研究は液体の主要部分が膀胱由来である一方、尿とは異なる成分(前立腺特異抗原 PSA 等)を含むと報告し、女性射出が単一の現象でなく複数の生理機序を含む複合的現象であることを示した。
日本における AV ジャンル化
日本のアダルトビデオ領域における潮吹きの主題化は、1990 年代に本格化する。当時の日本ビデオ倫理協会(ビデ倫)の自主規制下、性器・挿入の直接描写が制約されるなかで、女性側の身体反応を視覚化する演出として潮吹きが脚光を浴びた。挿入を画面の中心に置かずに視覚的決着を作る点で、ぶっかけと並ぶ「規制下発明型」演出として位置づけられる。
1990 年代後半から 2000 年代にかけて、電動マッサージ器(通称「電マ」)を用いた潮吹き演出を主題化したシリーズが定着した。日立製作所が 1968 年に発売した家庭用電動マッサージ器 Magic Wand が AV 現場で大規模に転用された経緯は業界史上のエピソードとして広く知られており、当該機器による潮吹き誘発演出は現代に至るまで定番場面として継承されている。
ジャンルとしての定着
2000 年代以降、痴女系作品との接続、クンニ場面における到達点としての配置、騎乗位中の連続放出演出など、潮吹きは多様な文脈で組み合わせ運用されるようになった。「初潮吹き」「100 連発潮吹き」「絶頂潮吹き」等の量的・質的差別化を図るタイトル群が定着し、人数・回数・時間を売りにする商品群が並列して流通する。
派生形態
連続潮吹き
短時間に複数回の放出を繰り返す演出形態。電動マッサージ器による持続刺激と、女優の身体的耐性が前提となる演出として位置づけられる。
クンニからの潮吹き
クンニ場面の到達点として配置される形態。男性側の口腔・舌による刺激により受け手側が高揚し、潮吹きに至る構成は、男性中心的なポルノ表現に対する反転的位置づけを持つ演出として論じられることがある要出典。
痴女系演出における潮吹き
痴女系作品においては、女優が能動的な姿勢を取りつつ自身の身体反応として潮吹きを誘発する複合演出が定着している。能動性と身体反応の両立を主題化した構図として、当該ジャンルの中核的場面構成の一つを形成する。
文化的言及
医学・性科学の領域では、潮吹きの生理学的機序、液体組成、社会的可視化のプロセスは継続的研究主題である。ベヴァリー・ホイップル(ラトガース大学)、ベナム・ナドックス(婦人科医)、サラマらフランスの研究者群による論文は当該現象を医学的記述対象として正当化する系譜を形成している。
社会学・ジェンダー論の領域では、女性の性的反応の可視化が「女性の快楽の認知」と結びつく一方、AV 演出における過剰な量的競争が「演技性」と「自然性」の境界を曖昧化させる点が論じられる。鈴木涼美『AV 女優の社会学』(2013)等の労働社会学研究は、女優側の身体への負荷・演技要請の二重性を扱う系譜の一例である。
英語圏ポルノ産業における squirting は、英国 BBFC(British Board of Film Classification)が 2014 年の R18 区分審査において当該演出を含む作品を一部規制対象としたことで論争を呼んだ経緯を持つ。当該規制は 2019 年の AVMS 指令改訂により事実上撤回されたが、女性の性的反応を描写する表現が国家レベルの規制論議の対象となる事例として記憶されている。
関連項目
参考文献
- 『The G Spot and Other Recent Discoveries About Human Sexuality』 Holt, Rinehart and Winston (1982)
- 『Nature of and Origin of 'Squirting' in Female Sexuality』 The Journal of Sexual Medicine (2015) https://doi.org/10.1111/jsm.12799
- 『性の用語集』 講談社現代新書 (2004)
- 『AV 女優の社会学』 青土社 (2013)