クンニリングス
ラテン語の二語複合が、二千年経って業界用語として現代に居続けている。
クンニリングス(くんにりんぐす、羅: cunnilingus)とは、口腔・舌・唇によって女性器に対し性的刺激を与える行為を指す名詞である。日本語では略して「クンニ」、英語俗称は eating out / going down 等が並列する。フェラチオと対をなす口腔性交(英: oral sex)の一形態として位置づけられ、アダルトビデオ領域における中核的演出の一つを構成する。
概要
クンニリングスは口腔性交の二大形態の一つとして、医学・性科学・公衆衛生の各領域で研究対象となってきた行為である。世界保健機関(WHO)等の医学資料は口腔性交を「性器を口・唇・舌で刺激する性行為」と定義し、性感染症伝播経路の一つとして公衆衛生上の関心対象としている。
日本のアダルトビデオ業界においては、クンニリングスはフェラチオと対をなす演出区分として、本番(挿入)場面の前段、独立した主題場面、潮吹き演出への導線、という三つの機能を併せ持つ。受け手側(女性側)が画面の主役となる構図特性により、痴女系作品の派生として運用される場合もある。
派生・隣接形態として、複数人による奉仕(複数クンニ)、女性同士の同性間奉仕(レズ系)、口腔接触から潮吹きに至る連結演出等、多様な下位区分を持つ。
語源
「クンニリングス」はラテン語 cunnilingus の直接借用である。同語は名詞 cunnus(女性器)と動詞 lingere(舐める、舌で接触する)から派生した動作主名詞 linguere + 主格形 -us の複合により形成される複合語である。語源としては「女性器を舐める者」を意味する動作主名詞だが、近代以降の医学・性科学文献では行為そのものを指す名詞として用いられる。
ラテン語の用例は古典期(紀元前 1 世紀から紀元後 1 世紀)の文学作品にすでに見られる。マルティアリス『エピグラム集』(西暦 86–103 年頃成立)、ユウェナリス『諷刺詩』(西暦 100–127 年頃成立)等のローマ諷刺文学に当該語の用例が確認できる。
英語形 cunnilingus は 19 世紀後半の医学・性科学文献を経由して定着した。リヒャルト・フォン・クラフト=エビング『性的精神病質』(Psychopathia Sexualis, 1886)、ハヴロック・エリス『性心理研究』(1897–1928)等のラテン語訳語慣行のなかで、性行為の分類語として固定された経緯を持つ。
日本語における「クンニリングス」「クンニ」は、20 世紀中盤以降の医学・性科学翻訳および成人向け雑誌・アダルトビデオ業界における普及に伴い定着した。
歴史
古典期から近世まで
口腔による女性器への性的接触は、人類史を通じて広範な地域・時代に文献的・図像的記録を残す行為である。古代エジプトのイシス神話、古代ギリシア・ローマの陶器画・壁画、古代インドの『カーマ・スートラ』(西暦 4 世紀頃成立)第二部第九章「アウパリシュタカ(口腔交合)」など、複数文化圏に詳細な記述・図像が残る。
日本における当該行為の表象も、近世以前から春画・戯作・狂歌に断続的に現れる。喜多川歌麿、葛飾北斎、鈴木春信等の春画作品には当該行為の図像が含まれており、近世日本の性表象における普通の主題の一つであった。
近代以降の医学的位置づけ
19 世紀後半以降の欧米医学・精神医学が「性的倒錯」概念を整備する過程で、クンニリングスは分類対象となった。クラフト=エビング、エリス、フロイト等の古典的性科学文献は、当該行為を医学的記述対象として枠付ける役割を果たした。
20 世紀中盤、米国インディアナ大学のアルフレッド・キンゼイらによる『キンゼイ報告』(女性篇 1953)は、当時の米国成人女性の口腔性交経験率を統計的に明示した。同報告は調査対象女性の 50% 以上が当該行為の経験を持つことを示し、「異常」とされてきた行為が統計的にむしろ「普遍的」であることを実証した。当該調査結果は戦後の性意識変革に大きな影響を与えた。
日本における普及と AV ジャンル化
戦後日本において、口腔性交が一般男性誌・週刊誌で公然と語られるようになるのは 1970 年代以降である。ピンク映画・日活ロマンポルノによる性表現の商業化、1981 年アダルトビデオの登場という二段階の変化を経て、クンニリングスは映像作品のなかで主題化可能な行為となった。
1990 年代以降は潮吹き演出の確立と並走して、クンニリングスを到達点とする演出構成が定着した。男性側の口腔・舌による刺激により受け手側が高揚し、潮吹きに至る構成は、男性中心的なポルノ表現に対する反転的位置づけを持つ演出として論じられることがある要出典。
2000 年代以降は痴女系作品との接続も活発化した。能動的女性が男性に「クンニを命令する」場面構成は、伝統的なジェンダー配置の反転を象徴する典型的演出として痴女系作品の標準形式に組み込まれている。
派生形態
主観クンニ
カメラを受け手側の視線に据え、画面正面で奉仕者が行為する撮影形式。視聴者の没入感を主題化した演出として、2000 年代以降の個人撮影系作品の普及と並行して定着した。
複数クンニ
複数人が一人の受け手に対し同時に行う形態。複数プレイの派生形として運用される。
レズ・クンニ
女性同士の同性間における当該行為。レズ系作品の中核演出として位置づけられ、独立カテゴリを形成している。
痴女系の命令クンニ
痴女系作品における能動的女性が男性側に当該行為を命令・要求する場面構成。伝統的ジェンダー配置の反転演出の代表的形式として、当該ジャンルに継承されている。
クンニから潮吹きへの連結
潮吹き演出の到達点としてのクンニ場面。長尺の口腔奉仕を経て放出に至る連結構成は、女性側の身体反応を主題化した演出形式として定着している。
文化的言及
文学領域では、フィリップ・ロス、ジョン・アップダイク、村上龍等の現代作家の作品群に当該行為の表象が頻出する。20 世紀後半以降の現代文学は、性表現を私生活描写の一環として扱う傾向を強め、当該行為の文学的可視化が進行した。
イアン・カーナー『She Comes First』(2004)等の一般読者向け性科学書は、女性側の性反応を中心に据えた性愛論を展開し、口腔奉仕の重要性を実用的・心理的観点から論じる系譜を形成している。当該系統の言説は、伝統的な「男性中心的性愛モデル」に対する批評的位置づけを持つ。
公衆衛生上の観点からは、当該行為を経由した性感染症(HPV、ヘルペス、淋菌、梅毒等)の伝播リスクが医学的研究対象となっており、デンタルダム使用・コンドーム使用の啓発が行われている。
関連項目
参考文献
- 『Oxford Latin Dictionary』 Oxford University Press (1982)
- 『She Comes First』 ReganBooks (2004)
- 『性の用語集』 講談社現代新書 (2004)
- 『Sexual Behavior in the Human Female』 W. B. Saunders (1953)
- 『cunnilingus, n.』 Oxford English Dictionary (OED Online) https://www.oed.com/dictionary/cunnilingus_n