コスプレ
衣装が肌より雄弁に語るとき、扮装は嗜好の言語となる。
コスプレ(英: cosplay)は、漫画・アニメ・ゲーム・映画等の登場人物、あるいは特定の職業・身分を象徴する衣装に扮する行為を指す和製英語であり、同時にこの扮装行為を性的興奮の主軸とする嗜好の総称である。本項では一般文化現象としてのコスプレと、性表現におけるコスチューム・フェティシズムの両側面を扱う。
概要
コスプレは「コスチューム・プレイ」(costume play)の略語として 1980 年代の日本のサブカル界隈で発生し、後に逆輸入の形で英語圏に cosplay として定着した、希少な語彙輸出事例の一つである。本来は漫画・アニメ・ゲームの登場人物を再現する文化的実践を指す中立語であったが、1990 年代以降の成人映像産業における職業衣装ジャンルの定着、ならびに 2000 年代のメイド喫茶・アキバ系文化の隆盛に伴い、性的文脈でも頻繁に用いられる多義語となった。
性表現におけるコスプレは、特定の社会的役割(看護師、巫女、女子学生、メイド、警官等)を象徴する衣装と、その役割が含意する権力関係・身分非対称性を視覚的に再演する形式である。すなわち単なる衣装フェティシズムではなく、衣装を媒介とした「役割演技」の側面を持つ点で、純粋な着衣嗜好とは区別される。
語源
「コスプレ」の語形成については、1983 年、米国ロサンゼルスで開催された世界 SF 大会(Worldcon)を取材した編集者・髙橋信之(スタジオ・ハード)が、参加者の仮装文化を紹介する記事中で「コスチューム・プレイ」を「コスプレ」と短縮して用いたのが初出とされる要出典。「コス」(costume)+「プレ」(play)の和製短縮形は、当時の日本語サブカル誌における造語慣行に合致するものであった。
英語の costume play は本来「時代劇映画」「歴史劇」を指す演劇用語であり、現在の日本語「コスプレ」とは意味領域が異なる。1990 年代後半以降、日本のサブカル文化が海外に紹介される過程で、和製の cosplay がそのまま英語圏に逆輸入され、現在では Oxford English Dictionary にも見出し語として収録されている。
歴史
戦後仮装文化との接続
衣装を介した役割演技そのものは、能・歌舞伎・盆踊りなど日本の伝統芸能に長い系譜を持ち、また欧米のハロウィンやマスカレード(仮面舞踏会)にも先例がある。近代的なコスプレ文化の直接の前史は、1939 年の第 1 回世界 SF 大会(米ニューヨーク)における Forrest J. Ackerman と Myrtle R. Douglas の SF 作品衣装着用にまで遡るとされる。日本国内では、1970 年代後半のコミックマーケット黎明期に、参加者が漫画キャラクターの衣装で会場に現れる慣習が散発的に観察されている。
同人文化のなかでの定着
1980 年代を通じて、コミックマーケット等の同人誌即売会において、参加者の衣装着用は徐々に組織化された慣習となっていった。1990 年代には専門誌『コスチュームプレイ・コミック』『COSMODE』等が創刊され、衣装製作・撮影会・ハンドメイド技術の情報共有が進む。同時期、東京・池袋および大阪・日本橋の書店街・同人ショップ周辺には、衣装着用のまま街頭撮影に応じる「コスプレイヤー」が定着し、現代日本サブカル景観の一翼を担うに至った。
性表現への展開
性表現の文脈における職業衣装の使用は、コスプレ語の成立以前から確認できる。1970 年代の日活ロマンポルノ、ピンク映画期から、看護師・教師・秘書等の職業衣装を主題化した作品が制作されており、1980 年代のアダルトビデオ(以下 AV)期には独立したジャンルとして定着していた。
1990 年代以降、サブカル文脈の「コスプレ」概念が AV 業界に逆流入し、従来「衣装もの」と総称されていた職業衣装作品群が「コスプレもの」と呼ばれるようになる。2000 年代のメイド喫茶ブームを経て、フィクションのキャラクター(セーラー服戦士、魔法少女、特定アニメの登場人物を想起させる衣装等)を主題化する作品も増加し、現在では AV における主要ジャンルの一つを構成している。
派生形態
職業衣装(ユニフォーム)型
ナース、巫女、メイド、制服(女子学生)、警察、CA、教師等、社会的役割が明確な職業衣装を主題化する形態。各衣装が含意する社会的役割(医療従事者、宗教的役割、雇用関係、生徒身分等)と、そこに付随する権力非対称性が、衣装フェティシズムの動機を形成する。
キャラクター再現型
特定の漫画・アニメ・ゲーム作品の登場人物の衣装を再現する形態。著作権上の問題から、AV 作品では原作を直接特定しない「○○風」「○○のような」表現が用いられることが多い。同人サークル等では二次創作の延長線として、より直接的な再現作品が流通する場合もある。
着エロ・イメージビデオ
衣装着用のまま、性器の直接描写を伴わずポーズや動作のみで構成される形態。アイドルイメージビデオの隣接ジャンルとして 2000 年代以降に発達し、着エロとして独立ジャンル化した。
衣装フェティシズムとの関係
コスプレ嗜好は、いわゆる衣装フェティシズム(costume fetishism)、ユニフォーム・フェティシズム(uniform fetishism)の一形態として精神分析的に論じられる。ジークムント・フロイトは『フェティシズム』(1927)において、特定の物品が幼児期の象徴的体験により性的象徴として固定化される過程を論じたが、衣装は身体に密接しつつ取り外し可能な「半身体」的対象として、特に強いフェティシズム対象となりやすいとされる要出典。
コスプレは純粋な衣装フェティシズムに加え、衣装が表象する社会的役割そのものへの嗜好(role play)の要素を持つ。看護師衣装は単なる白い布地ではなく、医療的権威・看護される側への身を委ねる関係性を含意し、メイド衣装は雇用関係における奉仕の役割を含意する。役割の含意ごと身に纏う点が、衣装フェティシズムをロールプレイ嗜好へと拡張する。
海外への文化輸出
1990 年代後半、日本のアニメ・漫画文化の海外進出に伴い、欧米のアニメコンベンション(米国 Anime Expo、Otakon 等)においてコスプレが定着した。当初は「costume contest」と呼ばれていた仮装コンテストが、2000 年前後を境に「cosplay」と呼称を変える事例が観察され、日本由来の語彙が逆輸入される稀有な事例となった。
現在では英語圏のみならず、フランス・ドイツ・中国・韓国・タイなど多数の言語圏で cosplay が借用語として定着している。性的文脈での使用頻度は地域差があり、英語圏では一般文化的・サブカル的な用法が中心、東アジア圏では性的文脈と非性的文脈の両方が併存する状況にある。
文化的言及
精神医学者・斎藤環は『戦闘美少女の精神分析』(2000)において、二次元キャラクターへの欲望が三次元身体への移植として現れる現象を論じ、コスプレを「二次元と三次元の境界を曖昧化する装置」として位置づけた。社会学者・東浩紀は『動物化するポストモダン』(2001)において、キャラクターのデータベース消費の延長線上にコスプレを位置づける議論を展開している。
性表現におけるコスプレは、単なる衣装の機能を超え、キャラクター・職業・身分といった社会的記号を性的対象として再構築する文化装置として、現代日本のサブカル・性文化の交差点に位置している。
関連項目
参考文献
- 『Manga! Manga! The World of Japanese Comics』 Kodansha International (1983)
- 『Beautiful Fighting Girl』 University of Minnesota Press (2011)
- 『cosplay, n.』 Oxford English Dictionary (OED Online) https://www.oed.com/dictionary/cosplay_n
- 『日本国語大辞典(第二版)「コスプレ」項』 小学館 (2001)