ナース
医療現場における奉仕者と、性表現におけるフェティッシュ対象。ナース衣装はこの両方を一着で纏う。
ナース(英: nurse、和訳: 看護師)は、医療現場における看護業務を職掌とする医療従事者を指す。日本のコスプレ・性表現の文脈においては、白衣・ナースキャップを基本構成とする職業衣装、およびそれに付随する医療的権威・看護関係の役割演技を主題化する嗜好の総称としても用いられる。本項では医療職としての看護師の歴史と、性表現における医療フェチの系譜の双方を扱う。
概要
ナースは AV・エロゲ・エロ漫画 等のコスプレ系作品における中核ジャンルの一つであり、メイド・巫女と並んで「定番三大コスプレ」と称される要出典。看護師という医療的権威職と、白衣ナースキャップという視覚的記号性、ならびに「看護」という身体への接触を含意する職務内容が、役割演技嗜好の主要動機を形成する。
性表現の文脈におけるナースは、医療従事者としての専門性を含意する権威的記号と、患者を「看護される」立場に置く非対称的役割関係を演劇化する装置である。これは身体の脆弱性を扱う医療空間における権力関係の倒錯的再演としても理解される。
語源と職能の歴史
英語 nurse の語誌
英語 nurse はラテン語 nutrire(養育する)に由来し、本来は乳児に授乳する乳母(wet nurse)を指していた。中世英語期に病人の世話をする者の意も獲得し、近代以降、職業的医療従事者を指す現代語義に固着した。
近代看護の成立
近代看護の制度化は、英国のフローレンス・ナイチンゲール(1820-1910)に直接の系譜を持つ。ナイチンゲールはクリミア戦争(1853-1856)における野戦病院での衛生改革で名声を得、戦後 1860 年にロンドンの聖トマス病院に「ナイチンゲール看護学校」を開設した。これが現代的看護師養成制度の事実上の起源である。彼女の著作『看護覚書』(Notes on Nursing, 1859)は、近代看護倫理の規範書として現在も引用される。
ナイチンゲール時代の看護師は、白い前掛けに長袖の制服、頭部に白いキャップを着用しており、これが現代の「ナース衣装」記号の原型を形作った。ナースキャップは元々、看護師の長髪を業務上覆うための実用衣具であったが、19 世紀後半から 20 世紀を通じて看護職の身分標章として象徴化していった。
日本における看護職
日本における近代看護師制度は、1900 年代の看護婦規則(1915 年改訂)を端緒とし、戦後 1948 年の「保健婦助産婦看護婦法」により国家資格制度が確立した。同法は 2002 年に「保健師助産師看護師法」に改正され、職業名称も「看護婦」から「看護師」へと改められた(性別中立化)。
戦後日本の看護師制服は、長らく白衣にナースキャップを基本としてきたが、2000 年代以降、感染管理上の理由(キャップが菌の温床になる、患者ケア時に邪魔になる等)から、多くの病院がナースキャップを廃止した。さらに白衣も、ピンク・ブルー・グリーン等のカラースクラブに置き換えられる傾向が進み、現実の医療現場では「白衣にナースキャップ」の伝統的様式はほぼ消失している。
性表現における展開
ナースジャンルの成立
医療従事者を主題とする性表現は、戦後日本のピンク映画期からすでに観察される。1970 年代のロマンポルノでは「白衣もの」が独立ジャンルとして定着し、看護師・女医・薬剤師等の医療従事者を主役とした作品群が量産された。
AV 期(1980 年代-)に入り、ナースはコスプレ系作品の主要ジャンルとして確立する。1990 年代以降、専門レーベルが「ナース」を冠したシリーズを継続的に発表し、現代に至るまで主要ジャンルの地位を保っている。注目すべきは、現実の医療現場ではナースキャップが廃止されたにもかかわらず、性表現におけるナース表象は伝統的な白衣・ナースキャップ様式を保存している点である。これはナース記号が現実の医療現場から切り離され、独自の視覚記号体系として自立したことを示している。
エロゲ・エロ漫画
エロゲ・エロ漫画 領域においても、ナースキャラクターは主要類型の一つを占める。1990 年代後半の Leaf『To Heart』、ELF『下級生 2』等を端緒として、看護師ヒロインを主軸とした作品群が継続的に制作され、2000 年代以降は病院・養護施設を舞台とする「医療もの」が独立ジャンル化した。
役割演技としての医療関係
患者と看護師の非対称性
ナース嗜好の主要動機の一つは、患者と看護師の身体的・専門的非対称性に求められる。患者は身体の脆弱性を露呈し、看護師は医療的専門知識を持って患者の身体に介入する。この非対称関係は、性表現の文脈においては逆転・倒錯の対象となる(看護師が誘惑する側、または患者が能動的役割を取る等)。
医療フェチとの関係
ナース嗜好は、より広範な「医療フェチ」(medical fetish、医療プレイ)の一形態として位置づけられる。医療フェチには、診療台、注射、検診、聴診器等の医療器具を介した役割演技が含まれ、ナースはその中核キャラクター類型である。隣接ジャンルとして「医者プレイ」「保健室もの」、また女性主導の医療プレイを商業サービスとして提供するM性感等が挙げられる。
派生形態
伝統的白衣ナース型
ヴィクトリア朝-ナイチンゲール期の白衣・ナースキャップ・白色長靴下を基本とする様式。現代の医療現場では既に消失しているが、性表現・コスプレでは標準的な様式として保存されている。
改変様式・ミニ丈型
ミニ丈ワンピース、肌見せ、装飾的なフリル、ストッキング等を組み合わせた様式。コスプレ衣装メーカーが流通させる「ナース衣装」の多くはこの様式であり、現代サブカル独自の発達形態である。
病院もの・医療プレイ型
病院・養護施設・保健室を舞台とする物語形式の作品群。診療台・聴診器・注射器具等の医療器具を介した役割演技を主軸とし、ナース単体の衣装フェティシズムを超えた医療空間全体の演劇化を志向する。
文化的言及
医療人類学者ウィリアム・レイは、医療空間における身体接触が他のいかなる職業空間とも異なる特権的接触領域を構成する点を論じ、看護師がこの接触領域の中心的執行者であることを指摘する要出典。性表現におけるナース嗜好は、この医療空間特有の接触規範が、性的主題と隣接する境界領域に位置することの象徴的反映として理解される。
精神科医・斎藤環は、ナースキャラクターを「庇護者であると同時に治癒者」という二重性を持つキャラクター類型として論じ、現代日本サブカルにおける主要キャラクターアーキタイプの一つに位置づけた。看護師像が現実医療から記号として独立し、サブカル空間において独自に発達した過程は、職業表象がメディア横断的に再構築される典型例として、メディア社会学的研究の対象となっている。
関連項目
参考文献
- 『Notes on Nursing』 Harrison and Sons (1859)
- 『看護の歴史』 医学書院 (1978)
- 『保健師助産師看護師法』 日本国法令 (1948)
- 『Beautiful Fighting Girl』 University of Minnesota Press (2011)