調教
時間をかけて関係を編み上げる過程を、動物の訓練になぞらえて呼ぶ。比喩としての激しさが、ジャンル名の輪郭を作っている。
調教(ちょうきょう)とは、長期間にわたる訓育的関係性を主題とする SM ジャンル、ならびに合意ある SM プロトコル下において支配する側が服従する側を一定の振る舞いへと方向づけていく合意プレイの総称である。本来は動物の飼育・訓練を意味する一般語が、20 世紀後半の SM 文化の中で人と人との関係性を比喩的に表す術語として再分節化された経緯を持つ。
概要
調教は、単発のプレイとしてではなく、複数回ないし長期にわたる関係性のうちに展開される過程的様相を特徴とする。具体的には、合意の上で取り決められた行動規範・所作・応答様式を、時間をかけて服従する側に身につけさせていく相互行為の集積として把握される。
責任ある実践共同体においては、当該行為は SSC(Safe, Sane, Consensual)あるいは RACK(Risk-Aware Consensual Kink)プロトコルの下、両者の継続的な合意のもとで展開される。事前の限界設定、セーフワード、健康状態の継続的観察、心理的状態のチェックインといった安全装置が標準的に実装される。
「動物を訓練する」という比喩を字義通りに受け取り、人間性の剥奪や人格否定として理解するのは誤りである。むしろ責任ある実践は、深い相互信頼と継続的コミュニケーションを基盤に成立する関係様式として理解される。比喩はあくまで関係の集約度・継続性を表現する文学的装置として機能している。
語源
「調教」は漢字「調」(ととのえる、しらべる)と「教」(おしえる)からなる漢語である。古典中国語以来「動物を訓練する」「鳥獣を慣らす」一般的意味で用いられた語が、近代日本語の馬術・畜産業の専門用語として定着した。日本語の競馬用語における「調教師」「調教場」は、当該意味の現代における用法である。
20 世紀後半の SM 文化の発展過程において、当該漢語が人と人との関係性を比喩的に指す術語として転用された。1960 年代以降の SM 雑誌・成人向け小説における頻出語として用法が定着し、フェティッシュ・ジャンル名としての位置を確立した。
英語圏では training あるいは BDSM 文脈の conditioning が対応概念として用いられる。日本の SM 文化に固有の「調教」概念は、海外コミュニティでも choukyou としてそのまま借用される場合がある 要出典。
歴史と展開
戦後 SM 文学における主題化
調教を主題とする現代日本の表現の起点は、1962 年に団鬼六が花巻京太郎名義で『奇譚クラブ』誌上に連載を開始した『花と蛇』に求められる。同作は、女主人公が地下室・館を舞台に長期にわたる関係に置かれる物語として、戦後 SM 文学の代表作となった。1974 年には日活ロマンポルノで映画化(谷ナオミ主演)され、その後も繰り返し映像化される長寿シリーズへと成長した。
団鬼六以降の戦後 SM 文学では、長期的・段階的な関係性の展開を物語の骨格とする小説群が連綿と発表され、当該ジャンルの語彙・場面・物語型が標準化された。沼正三『家畜人ヤプー』(1956 年連載開始)は、本格的調教ものとは一線を画すが、長期的関係様式の極端な思考実験として、隣接領域に位置する。
漫画・成人向け作品への展開
1980 年代以降、成人向け漫画・小説における「調教もの」は独立した一ジャンルを形成した。学園を舞台とする作品、企業を舞台とする作品、ファンタジー設定の作品など、舞台設定の多様化が進んだ。
同人誌・成人向け漫画の検索タグ体系では、「調教」は単独タグとして高頻度で出現し、「拘束」「緊縛」「SM」「監禁」等の隣接タグとの複合検索の起点として機能している。
AV 媒体における展開
1980 年代から 1990 年代にかけて、ビデオ媒体の AV ジャンルにおいても「調教もの」は独立カテゴリとして定着した。日本における AV 規制・自主規制の枠内で、合意ある関係性の演出として制作・流通する形式が確立した。シリーズもののタイトルとして「○○調教日記」「調教師」等の語法が定着し、ジャンル認知に寄与した。
派生形態と隣接ジャンル
短期調教・長期調教
物語上の時間幅により、数日から数週間の短期型と、数ヶ月から数年に及ぶ長期型に大別される。長期型はとりわけ登場人物の心理変容(関係性の深化を含む)を主題とする傾向がある。本項はあくまで虚構の心理描写の類型として記述するものであり、現実における人間関係に当該パターンを適用することの是非とは別個の議論である。
マゾヒズム的調教・サディズム的調教
主導権の所在により、二類型に区分される。マゾヒズム的調教は服従する側の主観に重点を置き、その心理的変容を物語の中核とする型である。サディズム的調教は支配する側の主観に重点を置き、相手を変化させていく過程を物語の中核とする型である。両者は同一作品内で交差しうる。
合意プレイとしての調教
SM プロトコル下の調教は、双方の長期的関係を前提に、事前合意・限界設定・セーフワード・継続的チェックインを必須要件として実施される。責任ある実践共同体においては、参加者の精神的健康・社会生活の維持・関係外での自律性の尊重が、関係の前提として広く共有される。
文化的言及と隣接領域
「躾」「訓育」との関係
日本語の「躾」「訓育」は、動物・人間に対する教育的関係を指す一般語であるが、SM 文脈における「調教」とは含意の方向性が異なる。前者は社会化・規律化の過程として中性的に用いられるのに対し、後者は固有の性的・美学的含意を帯びた術語として機能している。
海外作品との比較
英語圏の training 系作品(ジョン・ノーマン『ゴル』シリーズなど 1960 年代以降のサブジャンル)と、日本の調教もの作品とは、それぞれ独自の物語文法を発達させてきた。ジョン・ノーマンの作品群は、ファンタジー設定下の極端な階級制度を描く点で日本の作品とは別系譜を形成する一方、両者ともに長期的関係様式を物語の骨格とする点で類縁性を持つ。
関連項目
参考文献
- 『花と蛇』 奇譚クラブ(初出) (1962)
- 『SM の世界』 三笠書房 (1979)
- 『Different Loving』 Villard Books (1993)
- 『The New Topping Book』 Greenery Press (2003) — ドミナント側の役割を論じた英語圏 BDSM 古典
- 『日本国語大辞典(第二版)「調教」項』 小学館 (2001)