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ボディコン

bodeikon

身体線がそのまま衣装の主題となる。ボディコンはバブル経済とディスコ文化が編み出した、視覚的に最も強烈なファッション現象だった。

ボディコン(bodikon)は、英語 body conscious(身体を意識した)を略した和製英語であり、女性の身体線を強調する密着型ファッションの総称である。1980 年代後半から 1990 年代前半の日本のバブル景気期に、ディスコ文化の隆盛と結合して大流行し、現在も特定のレトロ系コスプレ・性表現ジャンルとして残存している。本項ではファッション史的経緯と、性表現における衣装フェチとしての展開を扱う。

概要

ボディコンは膝上丈または極ミニ丈のワンピースまたはツーピースを基本形とし、伸縮性のある素材(ライクラ、スパンデックス含有)で身体に密着するシルエットを特徴とする。1980 年代後半のバブル景気期、東京・港区芝浦のディスコ「マハラジャ」「ジュリアナ東京」等を主舞台として、20 代女性を中心に爆発的に流行した。

現代日本サブカルにおいては、ボディコンは特定の時代記号(バブル期、ディスコ、扇子を持つ「ジュリアナ・ギャル」等)を含意する歴史的ファッション様式として、コスプレAVエロ漫画等の領域で「バブルもの」「お立ち台もの」として独立ジャンルを形成している。

語源と成立史

用語の起源

「ボディコンシャス」(body conscious)は本来、英語圏ファッション業界で使用されていた専門用語であり、身体線を意識的に強調するシルエット設計を指す中立的な業界用語である。1985 年前後、日本の女性誌『ViVi』『JJ』『CanCam』等がパリ・ミラノコレクションを取材する文脈で「ボディコンシャスな」シルエットを紹介し、日本国内に広まった。

1986 年-1987 年頃、日本国内の若年女性向けファッション誌・テレビ番組において「ボディコン」と略称化され、和製短縮形として定着した要出典。原語は中立的な専門用語であったが、和製短縮形は特定のディスコ文化・若年女性ファッションを指す具体的な流行記号として独自に発達した点で、原語との意味乖離が顕著である。

バブル景気とディスコ文化

1986 年から 1991 年にかけての日本のバブル景気期、都市部の若年層消費文化は急速に高度化した。地価・株価の高騰を背景に、20 代-30 代の若手会社員・OL の可処分所得が大幅に増加し、その消費の中心の一つがディスコ文化であった。

1980 年代後半に展開した「マハラジャ」系列(全国チェーン化、東京では六本木店等が知られる)、1991 年 5 月に芝浦に開業した「ジュリアナ東京」は、当時のバブル文化を象徴するディスコとして全国的な知名度を獲得した。これらのディスコにおいて、女性客の標準的な装いとして定着したのがボディコンであった。極ミニ丈、密着シルエット、ハイヒール、長く伸ばし巻いた髪、強いメイクを基本構成とし、ジュリアナ東京の特徴的なお立ち台(ストロボ照明付きの高台)で扇子を持って踊る女性の映像は、バブル期日本の視覚的象徴として記憶されている。

バブル崩壊以降

1991 年以降のバブル経済崩壊に伴い、ジュリアナ東京は 1994 年に閉店、ディスコ文化全般が衰退した。ボディコン・ファッションは現役の流行としては急速に廃れたが、1990 年代後半以降、バブル期を象徴する歴史記号としてコスプレ・パロディ・性表現の文脈で参照され続けている。

衣装の様式

基本構成

典型的なボディコン衣装は、(1) 極ミニ丈または膝上丈のワンピース、(2) 伸縮性素材による身体密着シルエット、(3) ハイヒール(7-10cm 以上)、(4) 長く巻いた髪、(5) 強いメイクと派手なアクセサリー、(6) 多くの場合扇子(ジュリアナ東京での名物的小物)を基本構成とする。

色彩は赤・黒・金・銀等の彩度の高い色が中心であり、生地はシャイニー素材(ラメ・サテン)またはストレッチ素材を多用する。これらは舞台照明下での視覚的インパクトを最大化する設計である。

ピーク時のデザイナー

バブル期のボディコン・ファッションが参照したデザイナーとして、チュニジア出身でパリで活動した Azzedine Alaïa(アズディン・アライア、1935-2017)が国際的な評価を獲得した。Alaïa の身体彫刻的なドレスは、日本のバブル期における高級ボディコンの基本様式として参照され、Vogue Japan、ELLE Japan 等のファッション誌で頻繁に紹介された。日本国内では、コシノヒロコ・ハナエモリ等が同時代のデザイナーとしてボディコン的シルエットの設計を行っている。

性表現における展開

バブル記号としての参照

ボディコン・ファッションそのものは 1991 年以降の現役流行ではないが、その視覚的特異性とバブル期との緊密な結合により、性表現の文脈において「バブル時代の記号」として継続的に参照されている。

AV 領域では、1990 年代後半以降、バブル期を題材とする「バブルもの」「お立ち台もの」が独立ジャンル化した。30 代以上の女性をキャストし、当時のディスコ衣装に扮させる作品群が継続的に制作されており、ノスタルジア商品としての側面と、レトロ衣装フェチの両側面を持つ。

エロ漫画エロゲ領域でも、バブル期を時代背景とする作品群においてボディコンが標準衣装として描写される。1985 年-1991 年期を題材とする作品では、当時の日本社会経済の象徴としてボディコン衣装が画面構成上の必須要素となる場合が多い。

衣装フェチとしての展開

ボディコンは、密着素材による身体線の強調という視覚的特性により、衣装フェチ(着衣系嗜好)の主要対象の一つを構成する。特にラテックス素材・スパンデックス素材への嗜好(ラバーフェチ・シャイニーフェチ)と部分的に重複する領域を持つ。

ストッキングハイヒールとの組み合わせは、バブル期ボディコンの標準的な視覚構成であり、これら隣接する衣装フェチジャンルとの結合は強い。

文化的言及

社会学者・成実弘至は『1980 年代日本のファッション史』(2007)において、ボディコンを「日本の戦後消費社会が到達した身体可視化の極点」として位置づけ、バブル経済期の物質的繁栄が女性身体表現の様式に与えた影響を論じた。同様の分析は、ジェンダー論研究者・上野千鶴子の『スカートの下の劇場』(1989)等にも見られ、ボディコンは単なるファッション現象ではなく、特定経済段階における女性身体表象の様式として学術的考察の対象となっている。

ボディコンが現役流行としては短命であったにもかかわらず、性表現・サブカル領域において半世紀近く参照され続けている事実は、特定時代の経済的・文化的記号がいかに強い視覚的アイデンティティを獲得し得るかを示す典型例である。

関連項目

参考文献

  1. 東京ニュース通信社 『ジュリアナ東京: バブルダンスフロアの真実』 東京ニュース通信社 (1992)
  2. 『Vogue Japan アーカイブ 1985-1992』 コンデナスト・ジャパン (1992)
  3. 成実弘至 『1980年代日本のファッション史』 青弓社 (2007)
  4. 『日本国語大辞典(第二版)「ボディコン」項』 小学館 (2001)

別名

  • body conscious
  • ボディコンシャス
  • bodycon
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