ストッキング
肌に薄い膜を一枚被せる。可視と不可視のあいだに新しい層を作るその素材が、独自のフェチを成立させた。
ストッキングとは、足から腿にかけて覆う薄手の女性下着・靴下類の総称で、英語 stocking(s) からの借用語である。日本語においては、腿の途中までを覆う「ストッキング」(狭義)と、腰部までを覆う「パンティストッキング」(略してパンスト)の総称として用いられる場合が多い。フェチ領域では装束フェティッシュ(clothing fetishism)の中核アイテムのひとつとして、半透明素材ならではの視覚効果と触覚的特性を媒介として性的興奮の対象とされる対象物として位置づけられる。
概要
フェチ対象としてのストッキングは、ナイロン・ポリウレタン等の合成繊維製の薄手のホージャリー類を中核とする。当該素材の半透明性が皮膚を「覆いながら見せる」二重視覚効果を成立させること、繊維独特の質感(滑らかさ・光沢)が視覚・触覚の対象となること、ストッキングを脱ぐ・履く動作が物語上の場面として成立しうることが、フェチ的興奮の媒介として機能する諸要素である。
ストッキング・フェティシズムは、より広い装束フェティシズム(着衣)・足フェチの一翼を成す。20 世紀のナイロン繊維発明以降、女性ファッションの中核アイテムとして用法が確立した同素材は、商業フェチ表象においても欠くべからざる装束として組み込まれてきた経緯を持つ。
ストッキングを履いた状態の脚部の造形、半透明素材の下に透ける肌色、ストッキングの光沢、デザインの種類(無地・網目・後ろにシーム入り等)、色彩(黒・肌色・ベージュ等)等、フェチ嗜好の対象となる要素は多岐にわたる細分化を持つ。
語源
「ストッキング」は英語 stocking(古英語 stocc「切り株、棒」に由来し、棒状の覆いの意)からの借用語である。日本語への移入は明治期以降の洋装文化の導入に伴い進展した。当初は外国製の高級品の名称として知られた語が、20 世紀後半以降の女性ファッション領域で一般語として広く流通するに至った。
「パンティストッキング」は和製英語で、日本において 1960 年代以降に普及した一体型ホージャリー(英語の pantyhose あるいは tights)を指す呼称である。略称「パンスト」も同時期に定着した。
「タイツ」(tights)は、より厚手の同類製品を指す語として用いられる。両者の境界は厚さによる便宜的なものであり、デニール(denier、繊維の太さの単位)が 30 を超えるあたりからタイツとして分類されるのが慣例である。
歴史と展開
靴下類の起源
足を覆う衣類は、世界各地で古来から存在した。古代エジプトの編み靴下、ローマ時代の udones(羊毛の足覆い)等が、初期の靴下類の例として知られる。中世以降の欧州では、男女双方が靴下を着用する習慣が広まった。
近世以降の欧州では、絹を用いた高級ストッキングが王侯貴族の服飾の一部として流行した。16 世紀の英国ヘンリー 8 世の時代には、絹のストッキングが贅沢品として知られ、宮廷ファッションの中核アイテムとして地位を確立した。
ナイロン革命
ストッキング史における最大の転機は、1935 年の米国デュポン社によるナイロン繊維(nylon)の発明である。1939 年のニューヨーク万博で公式に発表されたナイロン・ストッキングは、絹に代わる安価で耐久性のある女性下着として爆発的に普及した。
第二次世界大戦中は軍需転用によりナイロンが民生から消失したが、戦後の 1945 年以降、ナイロン・ストッキングは再び大量生産され、女性ファッションの中核として 20 世紀後半を通じて圧倒的な普及を遂げた。日本においても、戦後の経済成長期以降、ナイロン・ストッキングは女性服飾の標準アイテムとして定着した。
パンティストッキングの発明
1959 年に米国でアラン・ガント(Allen Gant)が一体型のパンティストッキング(pantyhose)を発明し、1960 年代以降のミニスカート・ファッションの普及とともに女性ファッションの中核アイテムとなった。日本においても、1960 年代後半以降、パンティストッキング(略称パンスト)が一般化した。
フェチ表象における中核化
20 世紀後半の商業フェチ表象において、ストッキングは中核的装束アイテムとして用法が確立した。1950 年代以降の欧米のピンナップ写真、1960 年代以降の日本の成人向け雑誌における女性表象において、ストッキングは欠くべからざる装束として描かれてきた。
同人誌・成人向け漫画の検索タグ体系では、「ストッキング」「黒スト」「網タイツ」等の語が独立タグとして用いられ、「ヒール」「制服」「OL」等の隣接タグとの複合検索の起点として機能している。
派生形態とフェチの細分化
スタイルによる細分化
フェチ嗜好の対象となるストッキングには、スタイルにより細かい分節がある:
- 黒ストッキング: 黒色の半透明・不透明ストッキング。古典的フェチ・アイテムの代表。
- 肌色ストッキング: 肌色の半透明ストッキング。OL・職場服飾の標準として機能する一方、独自のフェチを成立させる。
- 網タイツ(fishnet stockings): 網目状のストッキング。ピンナップ・ステージ衣装由来のフェチ・アイテム。
- バックシーム: 後ろ側に縦線(シーム)が入ったレトロスタイル。1940–50 年代風のクラシックを志向する嗜好。
- ガーターストッキング: 腿の途中で終わるタイプで、ガーターベルトで吊るすスタイル。古典的下着フェチの中核。
素材・厚さによる細分化
デニール(繊維の太さ)による厚さの違いも、フェチ嗜好の細分化軸として機能する。極薄の 5 デニールから、不透明な 80 デニール以上のタイツまで、各厚さごとに固有の視覚・触覚的魅力が嗜好の対象となる。
「破れ」の主題化
ストッキングの伝線(run, ladder)・破れは、独自のフェチ主題として一群の嗜好を成立させる。日常的な傷みとは別の、意図的な破れを描く表象は、商業フェチ作品において一定の比率で出現する。
隣接フェチとの関係
ストッキング・フェティシズムは、より広い足フェチ・ヒールフェチ・装束フェチと隣接する嗜好領域である。これらは独立した嗜好でありながら、商業作品上は複合的に運用される場合が多い。とりわけ「ヒール + ストッキング + 制服」の複合は、戦後フェチ表象の最も古典的な装束組合せのひとつとして用法が確立している。
文化的言及
服飾史における位置
ストッキングは、20 世紀の女性ファッションの最も象徴的アイテムのひとつとして、服飾論・ジェンダー論・経済史の各領域で繰り返し論じられてきた対象である。ナイロン・ストッキングの普及は、戦後消費文化・女性労働の歴史と密接に関連する経済史的主題でもある。
サブカルチャーへの浸透
オタク文化・コスプレ文化においても、ストッキングはキャラクター造形の中核要素として機能している。アニメ・ゲーム作品の女性キャラクターのキャラクターデザインにおいて、ストッキングは脚部の視覚的アクセントとして広く用いられる。
近年の作品では、「絶対領域」(スカートとニーソックスの間に露出する太腿の部分を指すサブカル術語)等の派生概念も派生している。これは厳密にはストッキングではなくニーソックスを前提とする概念であるが、隣接する装束フェチの一翼を成す。
関連項目
参考文献
- 『Hosiery: Through the Centuries』 Fairchild Publications (1955) — 靴下類の歴史
- 『Sex and Suits』 Knopf (1994)
- 『Nylon: The Story of a Fashion Revolution』 Johns Hopkins University Press (1999) — ナイロンとファッション史
- 『ファッション辞典』 文化出版局 (1999)