素人
「素人」という語は、職業性に対する非職業性を示す日本語の対概念であるが、アダルト映像産業の文脈においては、職業性の不在を真正性(authenticity)の指標として機能させるジャンル装置として運用されている。
素人(しろうと、shirouto、英: amateur)は、本来「玄人」(プロフェッショナル)に対する非職業的・一般的存在を指す日本語であるが、アダルト映像産業の文脈においては、職業AV 女優ではない一般女性の出演を主題化するジャンル分類を指す。本項ではジャンル成立の経緯、真正性演出の構造、ナンパ・ハメ撮りとの結合について扱う。
概要
素人系は、現代日本のAV産業における主要ジャンル類型の一つであり、出演者を職業女優ではない「一般女性」として位置づけることで、作品の真正性(authenticity)・偶発性・自然性を強調する形式である。1990 年代以降の AV 産業における主要セグメントとして発達し、現在もジャンル細分化の中核軸の一つを形成している。
素人系作品の核心的訴求は、出演者の「演技ではなさ」「日常性」にある。これは商業 AV の専属女優制度(出演者が職業的な俳優として認知される構造)に対するアンチテーゼ的位置にあり、観る側が画面上の出来事を「演出された場面」ではなく「現実の場面」として受容する構造を意図している。
語源と概念
「素人」の一般的語誌
「素人」(しろうと)は、本来「白人」と表記され、白塗りした素顔の意であった要出典。江戸期に「玄人」(プロフェッショナル)に対する一般的・非職業的存在を指す対概念として固着し、近世以降の日本語において広く運用されてきた語である。
「玄人」は本来「黒人」と表記され、黒塗り(専門職人の習熟)を意味した。両者の対概念は、職業領域における専門性 vs 一般性という二項対立を示す日本語の基本語彙の一つを構成する。
AV ジャンル用語としての「素人」
AV 産業における「素人」ジャンルは、出演者が職業女優ではない一般女性であることを示す業界用語として、1980 年代後半から 1990 年代にかけて定着した。実態としては、(1) 完全な一般女性の応募・出演、(2) 一般女性として撮影された後に職業女優として活動を続ける者、(3) 既に職業女優ではあるが「素人風」の演出を施された者、等の多様な構造が併存している。
業界用語としての「素人」は、必ずしも厳密な意味での非職業性を担保するものではなく、「素人らしさ」というジャンル的演出記号として機能する側面が強い。
ジャンルの成立
1990 年代の確立
素人系ジャンルの成立は、1990 年代のAV産業の主要ジャンル分化期と重なる。1990 年代前半までは、専属女優を主役とするドラマ型作品が業界の主流であったが、1990 年代後半から「素人もの」「シロウト企画」と銘打つ作品群が独立ジャンルとして発達した。
ソフト・オン・デマンド(SOD)、ナチュラルハイ等のメーカーが、素人系企画ものの主要レーベルとして 1990 年代後半から 2000 年代にかけて発達した。同時期、応募型・投稿型・ナンパ型・個人撮影型等の制作様式が並行的に発達し、素人系の業態的多様性が確立した。
真正性訴求の構造
素人系作品の核心的訴求は「真正性」(authenticity)にある。出演者の職業性の欠如、撮影の即興性、出来事の偶発性等が、作品の現実感を構築する要素として機能する。これは商業 AV における演出的構成の対極に位置する表現様式であり、観る側に対して「演技ではない現実」としての印象を喚起する。
実態と演出の関係については複雑な議論がある。完全な意味の「素人」出演は法的・倫理的・実務的に困難であり、多くの素人系作品は事前のキャスティング・契約手続きを経て制作される。「素人」ジャンルの真正性演出は、出演者の職業性の有無というよりも、特定の演出様式・撮影手法・物語構造の総体として構成される、ジャンル記号的真正性である。
派生ジャンル
ナンパ系
ナンパ系は、街頭での声掛けから撮影開始に至る過程を作品の前段に組み込む形式である。1990 年代後半以降、素人系の主要派生ジャンルとして発達し、街頭シーンの即興性が真正性演出を強化する構造を持つ。
応募・投稿系
応募・投稿系は、出演を希望する女性が制作プロダクションに応募し、選考を経て出演する形式である。「○○応募」「マジックミラー号」等のシリーズ名で、特定企画における素人募集を主題化する作品群が継続的に制作されている。
投稿撮影・個撮系
個人撮影型は、商業プロダクションを介さず個人が撮影・流通させる形式である。素人系の最も極端な形態として、撮影者と出演者の関係が密接であることが、真正性演出の最終形態として機能する。
素人専門レーベル
素人系作品を専門に制作するレーベルが多数存在する。「ナチュラルハイ」「ナンパ TV」「アロマ企画」等が継続的にシリーズを展開しており、業界内でジャンル特化型のセグメント形成が進んでいる。
法制度との関係
AV 新法と素人系
2022 年成立のAV 新法は、AV 出演契約に関する規律を定めており、素人系作品の制作プロセスに直接的影響を与えている。同法は契約書面の交付義務、撮影開始までのクーリングオフ期間、撮影完了後の作品公表までの待機期間等を定めており、素人系作品の即興的・短期間の撮影スタイルとの調整が業界的課題となった。
特に、ナンパ系・街頭企画系の作品では、出演者との接触から撮影開始までの時間的制約、契約書面交付の運用等が、AV 新法以降の制作プロセスに大きな構造変化をもたらしている。
同意確認
素人系作品は、出演者の同意確認が制度的に重要な業態である。出演者が撮影・公表の意味を十分に理解した上で同意することを確認する手続きが、業界の倫理的最低基準として位置づけられる。AV 新法以降は、この確認手続きが法的義務として明確化された。
海外との比較
英語圏のアダルト映像産業における amateur ジャンルは、日本の素人系と類似する構造を持つ。両者は独立に発達した類似現象として、出演者の職業性の有無を主題化する点で共通する。一方、業界の制度的特性(専属女優制度の有無、自主規制基準の差異等)により、ジャンル発達の経緯には差異がある。
文化的言及
ジャーナリスト藤木 TDC『アダルトビデオ革命史』(2009)等は、素人系ジャンルの業界史的位置づけを記録している。社会学者・中村淳彦は、素人系業態における出演者の労働実態・契約構造の調査を継続的に行っており、業態の倫理的課題を分析している。
素人系は、出演者の職業性・真正性・撮影手法の交差点に位置するジャンルとして、現代日本の AV 産業の構造を象徴する業態である。ナンパ・ハメ撮り・個人撮影等の隣接ジャンルとの連続的スペクトラムを成し、業態研究・性表現研究の重要対象となっている。
関連項目
参考文献
- 『アダルトビデオ革命史』 幻冬舎 (2009)
- 『性風俗産業の社会学』 勁草書房 (2017)
- 『日本国語大辞典(第二版)「素人」項』 小学館 (2001)
- 『AV出演被害防止・救済法』 日本国法令 (2022)