AV新法
AV新法とは、2022 年 6 月 23 日に施行された「AV 出演被害防止・救済法」の通称であり、AV 出演をめぐる被害の防止と被害者の救済を目的とする日本の法律である。
AV新法は、2022 年(令和 4 年)6 月 23 日に施行された日本の法律「AV 出演被害防止・救済法」の通称である。正式名称は「性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律」(法律第 78 号)であり、AV 出演に関する契約手続き、待機期間、契約解除権などを規定する。本項では立法背景、主な規定内容、業界への影響を扱う。
立法背景
出演強要問題の顕在化
2010 年代を通じて、AV 出演をめぐる強要・契約上の問題が社会問題として顕在化した。NPO 法人 PAPS(ぱっぷす、ポルノ被害と性暴力を考える会)などの当事者支援団体が、AV 出演に関する契約上の問題、撮影現場での合意形成の不足、契約解除困難などの問題を継続的に指摘した。
2017 年、PAPS の支援を受けた当事者による訴訟・告発が報道で広く取り上げられ、AV 業界の契約慣行に対する社会的関心が高まった。同時期、政府の調査・検討も進行し、人権擁護の観点から法整備の必要性が認識されるに至った。
民法成年年齢引下げ
2022 年 4 月 1 日に施行された改正民法により、成年年齢が 20 歳から 18 歳に引き下げられた。これに伴い、18 歳・19 歳の者が AV 出演契約を未成年者契約取消権なしに締結しうる状況が生じることが懸念され、立法の緊急性が高まった。
立法過程
2022 年 5 月、超党派議員連盟により法案が国会に提出された。短期間で審議が進行し、同年 6 月 15 日に成立、6 月 23 日に施行された。立法過程では、当事者団体・業界団体・人権団体・法学者の間で活発な議論が行われ、最終的な条文は複数の修正を経て成立した。
主な規定内容
出演契約の書面化
AV 新法は、出演契約に関する書面の交付義務を規定する。契約条件、撮影内容、公表予定、報酬、契約解除権などを書面で明示することが、制作者(撮影者・販売業者)に義務づけられる。違反した場合の罰則も規定されている。
待機期間
同法は、契約締結から撮影までの間、および撮影から公表までの間に、それぞれ待機期間を設けることを義務づける。
- 契約締結から撮影開始までの待機期間: 1 ヶ月
- 撮影終了から公表(販売・配信)までの待機期間: 4 ヶ月
これらの期間を設けることで、出演者が冷静に判断・撤回を行う時間的余裕を確保することを目的とする。
契約解除権
出演者は、撮影前・撮影後公表前・公表後の各段階において、理由を問わず無条件で契約を解除することができる。公表後の解除可能期間は次のとおりである。
- 原則: 公表後 1 年間
- 経過措置として、施行後 2 年間(2024 年 6 月 22 日まで)に公表された作品については、公表後 2 年間に拡大される
契約解除がなされた場合、制作者は当該作品の販売・配信を停止し、流通分の回収に努める義務を負う。
不当な勧誘・契約・撮影の禁止
出演契約締結に際しての不当な勧誘行為、契約条件の明示を欠く契約の締結、契約内容と異なる撮影行為などが禁止される。これらに違反した場合、刑罰または民事責任が規定されている。
業界への影響
制作・流通体制の変更
AV 新法施行に伴い、業界の制作・流通体制は大幅な変更を経験した。新規女優との契約手続きの厳格化、待機期間遵守による撮影スケジュールの長期化、契約書面の標準化などが進行した。
施行直後の 2022 年後半から 2023 年にかけては、業界全体での新作制作本数の減少が観察された要出典。これは新法の規定に対応する制作プロセスの再構築期間に起因するものとされる。その後、業界は新法に対応する制作体制を確立しつつあり、運用の安定化が進行している。
契約解除と作品取扱い
公表後の契約解除権の行使により、流通中の作品が回収される事例が複数発生した。これらの事例は、出演者の意思を尊重する制度として運用される一方、制作者・販売業者の経済的損失や、配信プラットフォーム運営者の取扱い負担などの実務的課題も提起している。
当事者支援の拡充
AV 新法施行と並行して、内閣府男女共同参画局による相談窓口の設置、専門相談員の配置、被害者支援機関への連携などの体制が整備された。これらは法の実効性を支える社会的インフラとして機能している。
評価と論点
AV 新法に対する評価は、立場により分かれる。当事者支援団体の多くは、長年の運動の結実として法成立を評価しつつ、より厳格な規制の必要性を継続的に主張している。業界団体は、法令遵守の体制整備を進めつつ、規定の運用上の課題(待機期間の長さ、契約解除権の経過措置の妥当性など)について議論を提起している。
法学的論点としては、契約自由の原則との関係、表現の自由との関係、業界規制の比例原則などが論じられる。これらの論点は、施行後の運用実態を踏まえた継続的検討を要するものとして、学術領域での議論が継続している。
国際比較
世界の主要諸国においても、近年、ポルノ産業の出演者保護をめぐる立法・規制が進行している。米国の州法レベルでの規制、フランスの 2021 年制定の関連立法、英国・北欧諸国の議論など、国際的にも当該領域の規制強化が進む傾向にある。
日本の AV 新法は、これらの国際的潮流の中で、日本独自の AV 産業構造に対応する形で立法された規制として位置づけられる。国際的な性産業規制との比較研究は、現代の重要な研究領域の一つを成している。
関連項目
参考文献
- 『AV出演被害防止・救済法』 法律 第78号 (2022) — 正式名称: 性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律
- 『AV新法と人権』 現代書館 (2023)
- 『AV出演強要問題―性をめぐる消費の構造』 解放出版社 (2017)
- 『内閣府男女共同参画局 AV出演被害ポータル』 内閣府 https://www.gender.go.jp/