NN/NS
性風俗業界には、サービス内容の細部を示す独自の略号体系が存在する。NN および NS は、その中でもとりわけソープランド業態を中心に流通する隠語であり、コンドーム(避妊具)不使用の性器結合行為と、その帰結としての膣内射精とを区別して指示する語として機能してきた。
NN/NS(えぬえぬえぬえす)とは、性風俗業界、とりわけソープランド業態において、コンドーム(condom、業界俗称「スキン」)を装着しない性器結合行為(NS: No Skin)、および同行為における膣内射精(NN: No Nakadashi ないし Naka-Nama)を指す業界隠語の対である。本項では語源、業態における運用区分、性感染症・避妊上のリスク、客側・従業員側の自衛、業界倫理上の論点を扱う。
概要
NN・NS の両語は、ソープランド業界における口コミ媒体・風俗情報誌・客側のレビュー文脈で 1990 年代以降に定着した業界隠語である。両者は厳密には次のように使い分けられる。
NS は No Skin(スキン=コンドーム無し)の略で、性器結合時にコンドームを装着しない態様を指す。NN は No Nakadashi(中出し)・Naka-Nama(中・生)等の頭字語と解される業界俗語で、NS であることを前提に、さらに膣内射精まで許容される態様を指す。すなわち NN は概念的に NS を含む上位条件であり、業界内では「NS=コンドーム無し挿入のみ」「NN=コンドーム無し挿入+膣内射精」と階層的に区別される要出典。
これらの語が成立する制度的背景として、ソープランドが売春防止法体制下で「入浴サービス業」の建前のもとに性器結合行為を運用してきた特殊な業態である点が挙げられる。装着具の有無は店舗の業務内容として明示的に規定できないため、客側・従業員側・店舗側の三者の間で暗黙裏に共有される条件として、隠語表現が必要となった。
ヘルス系業態においては、形式上は本番行為自体が禁止されているため、NN・NS の語は本来適用されない。ただし基盤的運営の店舗においてはこれらの語が転用される事例も見られる。
語源と派生
略号体系の成立
業界隠語としての「スキン」は、コンドームの英語表現 skin(古くは羊腸製の skin condom に由来する俗称)が戦後日本の性風俗業界で定着した語である。「スキンを使う」「ノースキン」等の表現は 1970 年代以降の業界内で広く流通し、客側・従業員側双方が共有する用語となった要出典。
NS の語はこの「ノースキン」の頭字略号として 1990 年代の口コミ掲示板・風俗情報誌の文字数制約下で定着したと考えられる。同時期に、いわゆる「2 ちゃんねる」等のテキストベースのコミュニティで風俗情報共有が拡大した経緯と歩を一にしており、紙媒体の風俗情報誌(『マンゾク』『俺の旅』等)においても略号としての NS・NN の使用が観察される。
NN は Naka-Nama(中・生)の頭字語、ないし No Nakadashi(本来は「中出し可」の意の業界用法)とする説が並立し、語源的には未確定である。いずれの解釈においても、NS の上位条件として膣内射精許容を意味する点は共通する。
派生語
NN・NS から派生する関連業界隠語として「生中」(なまちゅう、生での膣内射精=NN と同義)、「生スキン」(きわめて薄手のコンドームを指す紛らわしい派生語、文脈で意味が分かれる)、「ゴム着」(コンドーム装着を意味する反対概念)、「ゴム有り」(同前)等が知られている。
また、口コミ媒体上では店舗紹介文中に「NS 標準」「NN 嬢在籍」「NN 不可」等の表現が用いられ、客側のサービス選好と店舗・従業員の運営方針との照合に用いられる。これらの隠語は、性器結合行為の存在自体を直接的に標榜することなく、サービスの細部条件のみを示唆する間接表現の典型例である。
業態における運用区分
店舗類型
ソープランド業界においては、装着具運用方針の差異により、店舗が概ね次の類型に分類される業界内認識が存在する。
第一は「ゴム着用店」(コンドーム装着を業務指針として徹底する店舗類型)である。新規開業店舗・大手チェーン系・コンプライアンス重視型の店舗運営者に多く、従業員に対する装着指導と健康管理を業務上の標準として位置づける運用が取られる。
第二は「NS 店」(コンドーム不使用が事実上の標準として運営される店舗類型)である。古くからの集積地(吉原・川崎堀之内・福原・中州・雄琴等)の一部の店舗において、口コミ媒体上では「NS 標準」と表現される運用方針が観察されてきた要出典。
第三は「NN 店」(コンドーム不使用に加え膣内射精まで事実上許容される店舗類型)である。最も少数派であり、業界内・客側双方の認識として高単価・高リスク類型として位置づけられる。
なお、これらの類型はいずれも店舗運営者が公式に標榜する性質のものではなく、口コミ・レビュー上の業界内認識として流通する暗黙の分類である。実際の運用は店舗の方針、在籍する個別従業員の判断、客との関係性等の複合要因に左右される。
従業員側の運用差
同一店舗内であっても、在籍する個別従業員の判断により装着具運用が異なる事例が業界内では一般的である。中村淳彦『性風俗産業の社会学』(2017)等の業界研究は、装着具運用の選択が、従業員の年齢・経験年数・指名数・経済状況・健康知識等の複数の要因に依存する複雑な意思決定過程であることを記述している。
口コミ媒体上では「NS 嬢」「NN 嬢」等の表現で個別従業員の運用方針が言及されるが、これらの情報は客側のレビューに依存する間接的記述であり、実際の運用とは必ずしも一致しない。
性感染症・避妊上のリスク
性感染症の感染経路
コンドーム不使用の性器結合行為は、性感染症(Sexually Transmitted Infection, STI)の感染経路として医学上明確に位置づけられている。日本性感染症学会『性感染症 診断・治療ガイドライン 2020』ならびに松田静治『STI 臨床マニュアル』(2009)等の医学資料は、以下の感染症についてコンドーム不使用が主要感染経路となることを記述している。
第一に、HIV(Human Immunodeficiency Virus、ヒト免疫不全ウイルス)感染である。粘膜接触および体液交換を介して感染し、発症して後天性免疫不全症候群(AIDS)に至る。第二に、梅毒(Treponema pallidum 感染症)であり、2010 年代以降日本国内において新規感染報告数が急増している要出典。第三に、淋菌感染症・性器クラミジア感染症であり、いずれも性器粘膜接触を主要経路とする。第四に、B 型肝炎・C 型肝炎ウイルス感染、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染、性器ヘルペス、トリコモナス症等である。
これらの感染症はいずれも、コンドームの正しい装着により感染リスクを大幅に低減できることが疫学的に確立されている一方、装着不使用下では感染確率が顕著に増加する。膣内射精を伴う場合、精液による粘膜・体液接触が増えるため、感染リスクはさらに上昇する。
避妊上のリスク
膣内射精は、避妊措置を別途取らない限り、女性側の妊娠を結果しうる性行為である。性風俗業界においては、低用量ピル(経口避妊薬、Oral Contraceptive Pill)の継続服用、緊急避妊薬(emergency contraception、いわゆるアフターピル)の事後的使用、子宮内避妊器具(IUD)の装着等の避妊手段が個別に選択される事例があるが、これらは医学的管理を要する事項であり、業界全体として制度的に保証されたものではない。
避妊措置の不備による意図しない妊娠は、従業員の労働継続・健康・経済状況に深刻な影響をもたらしうる事象であり、中村淳彦『風俗嬢の見えない孤立』(2018)等の業界研究は、この問題を労働社会学的観点から継続的に論じてきた。
リスク分布の非対称性
NN・NS が伴うリスクは、客側と従業員側で構造的に非対称に分布する。客側は単発的接触におけるリスクに留まる一方、従業員側は反復的接触による累積的リスクと、妊娠リスクとを併せて負担する。この非対称性は業界の労働環境上の根本問題として、社会学的研究の主要論点となってきた。
客側および従業員側の自衛
従業員側の自衛
従業員側の自衛策として、業界研究および労働支援団体は次のような方針を示している。第一に、装着具使用の徹底を自身の業務指針として明確化し、装着具不使用の交渉に応じない方針を維持することである。第二に、定期的な性感染症検査(自治体保健所、性感染症クリニック等)の受診である。第三に、HPV ワクチン・B 型肝炎ワクチン等の予防接種である。第四に、避妊措置の医学的管理である。
業界内の労働支援団体としては、SWASH(Sex Work And Sexual Health)等の団体が、従業員向けの健康相談・労働相談の窓口を運営してきた。同団体は装着具使用・性感染症検査・労働環境改善に関する情報提供を継続的に行っている。
客側の自衛
客側の自衛策としては、装着具使用の徹底を自身の方針として明確化することが、医学資料および業界研究の双方から推奨されている。装着具不使用は、客側にとっても感染症罹患のリスクを意味し、罹患後は配偶者・パートナー・子ども等への二次感染の経路となりうる。
中村淳彦らの業界研究は、客側のリスク評価が低いまま装着具不使用への需要が継続的に発生してきた問題を、業界の構造的課題として論じている。
店舗側の対応
店舗側の対応として、コンプライアンス重視型の運営を行う店舗においては、装着具使用の徹底、従業員の定期検査の制度化、保健所・医療機関との連携等が実施される事例がある。一方、装着具不使用が事実上の標準として運営されてきた店舗類型においては、こうした対応の制度化が困難であり、業界内の構造的二極化を形成してきた。
業界倫理と社会的論点
業界倫理
NN・NS をめぐる業界倫理の論点は、客側の需要と従業員側の労働安全衛生との緊張関係に集約される。装着具不使用は客側の選好として一定の需要を継続的に形成してきた一方、その需要への応答は従業員側の健康・妊娠リスクへの直接的負担を意味する。
業界団体・労働支援団体・店舗運営者の一部からは、装着具使用の業界標準化、性感染症検査の制度化、業界全体の労働環境改善を求める動きが 2010 年代以降観察される。一方、業界全体の構造的特性として、こうした標準化を完全に実現することは困難であるとされる。
社会学的論点
社会学・労働社会学・公衆衛生学の研究は、NN・NS の問題を業界の構造的課題として位置づけ、複数の視点から分析してきた。中村淳彦『性風俗産業の社会学』(2017)、『風俗嬢の見えない孤立』(2018)、荻上チキ『現代風俗産業論』(2014)等の研究は、業界の制度的二重性、労働環境の脆弱性、性感染症の疫学的状況、業界内格差等の論点を継続的に論じている。
公衆衛生学の観点からは、性風俗産業における装着具使用の徹底と性感染症検査の制度化が、業界従事者のみならず社会全体の感染症対策上の重要課題として位置づけられている。
倫理的留保
NN・NS の語は、口コミ媒体・風俗情報誌・体験談記事等を通じて広く流通する一方、その記述は容易に違法性・健康リスクの助長に用いられる側面を持つ。本項の記述は、業界用語としての位置づけ、制度的背景、医学的・社会学的論点を客観的に整理することを目的とし、具体的店舗・従業員の特定情報、装着具不使用を推奨する記述、特定行為の手順記述等は意図的に排除している。
NN・NS にまつわる行為は、現行の医学・公衆衛生学の知見に照らしてリスクの高い行為類型であり、客側・従業員側双方にとって自身および周囲の健康・生活への深刻な影響を伴いうる。本項を含む業界用語記述は、こうしたリスクの存在を明確にしたうえで、業界の構造的特性の理解を促すものとして読まれるべきである。
文化的言及
NN・NS の語は、口コミ掲示板・風俗情報誌・成人向けジャーナリズム等の媒体で 1990 年代以降継続的に流通してきた一方、社会学的研究・公衆衛生学的研究の対象としても繰り返し言及されてきた。中村淳彦による一連の業界ルポルタージュは、装着具運用の実態を業界の構造的特性を映す象徴的事象として記述している。
また、AV 作品・官能小説等の表象媒体においても「生中」「ノースキン」等の語が使用される事例があるが、これらの大衆文化的表象は実際の業界運用および医学的リスクとは独立した想像的構築物である点に留意が必要である。両者を混同せずに位置づけることが、業界研究および性教育の方法論的課題として指摘されている要出典。
NN/NS 概念は、戦後日本の売春防止法体制下において発達したソープランド業態の制度的特殊性、業界内の隠語体系、性感染症対策の公衆衛生学的課題、労働社会学的諸問題が交差する地点を業界内部から指し示す重要な業界用語である。
関連項目
参考文献
- 『性風俗産業の社会学』 勁草書房 (2017)
- 『風俗嬢の見えない孤立』 光文社新書 (2018)
- 『性感染症 診断・治療ガイドライン 2020』 日本性感染症学会誌 (2020)
- 『STI 臨床マニュアル』 南山堂 (2009)
- 『現代風俗産業論』 光文社新書 (2014)
- 『売春防止法』 日本国法令 (1956)
別名
- NN
- NS
- ノースキン
- 生スキン
- no-skin
- no-condom