ファッションヘルス
繁華街の雑居ビルの 3 階。表向きは「個室洋服店」を装った扉を開けると、受付、待合、そしてシャワー付きの個室が並ぶ。性交を伴わない「疑似性的サービス」を建前とし、しかし業界の実態としては多くの場合に口腔・手淫の接触を含む。1985 年の風営法改正以降、日本の店舗型性風俗業の中核として確立した、それがファッションヘルスである。
ファッションヘルス(ふぁっしょんへるす、略称ヘルス)とは、1985 年の風営法改正後に整理された「店舗型性風俗特殊営業」の一業態として、個室を備えた店舗内で女性従業員が男性客に対し性的役務を提供する形態の風俗店を指す。本項では、業態の成立由来、店舗形態、ピンサロ・ソープランド等との相違、関東関西の地域差、本番禁止建前と業界実態を扱う。
概要
ファッションヘルスの基本サービスは、(1) 客が店舗に来店し料金を前払い、(2) 受付で女性従業員(キャスト、業界用語で「ヘルス嬢」)を指名または店側の振り分けで決定、(3) シャワー設備付きの個室に入り、所定時間(40 分〜90 分が標準)、性的役務の提供を受ける、という形態を取る。料金は地域・店舗ランクにより 60 分あたり 1 万円〜 3 万円程度が業界平均である。
風営法上は同法 2 条 6 項 1 号「店舗型性風俗特殊営業」のうち「専ら異性を同伴する客の宿泊(休憩を含む)又は休憩(中略)の用に供する施設を設ける営業以外の営業」(個室付浴場業に該当しない店舗型性風俗業)に分類される。各都道府県公安委員会への届出制(許可制ではない)で、住居専用地域・学校周辺等での営業は禁止される。
性交(本番、本指名行為)は法令上も業界の建前としても禁止されているが、口腔系性的役務(フェラチオ)、手淫等の「疑似的」性的接触は事実上、業界の慣用的サービス内容となっている。本番行為の有無は、店舗の業界内分類(健全店・本番店)を構成する事実上の基準として作用する。
語源
「ファッションヘルス」は和製英語で、「ファッション(fashion)」と「ヘルス(health、健康)」を組み合わせた造語である。語の由来は、業態確立期に店舗の表向きの業種を「個室付き洋服販売店(ファッション)」あるいは「健康ランド・健康サウナ(ヘルス)」として届け出た歴史的経緯に基づくとされる要出典。
業界俗説によれば、1980 年代前半、当時の風俗営業取締法の枠外で営業する個室型風俗店の届出名称として、「個室付き喫茶」「個室洋服店」「健康サウナ」等の擬装的名目が用いられていた。このうち「個室洋服店」系の届出が「ファッション」、「健康サウナ」系の届出が「ヘルス」の語源として残り、両者を組み合わせた「ファッションヘルス」が業態名として定着したと業界誌等は記述する要出典。
ただし「ファッション」が示す業界内意味は、確立後は「個室洋服店」の擬装的由来から離れ、「お洒落な、ハイセンスな」という日本語の一般語義に移行した。1990 年代以降の「ファッションヘルス」は、業態名としての慣用語の地位を固め、字義的な背景は業界外には殆ど忘れられている。
歴史
前史:風営法改正以前(〜1985)
1958 年の売春防止法施行により、表向きの売春業は禁止された。1948 年制定の風俗営業取締法(現風営法の前身)は、当時、トルコ風呂(ソープランドの前身)・キャバレー・ダンスホール等を主要な規制対象としており、個室型・小規模・性的役務型の業態は法の隙間に存在した。
1970〜1980 年代前半、この法の隙間を埋めるかたちで、「個室付き喫茶」「個室付きマッサージ」「個室洋服店」等の名目で届け出る個室型風俗店が、繁華街・歓楽街に急増した。これらは性的役務の提供を主な実態としつつ、表向きは飲食業・物販業・サービス業として営業したため、業界用語で「特殊喫茶」「特殊マッサージ」等と呼ばれた。
確立期:風営法改正(1985)
1985 年 2 月の風営法大改正(風俗営業取締法から「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」へ)は、これら法の隙間で営業していた個室型業態を「店舗型性風俗特殊営業」として法制度上明記し、届出制の対象とした。同改正により、業態区分が以下のように整理された:
- 個室付浴場業(現ソープランド)
- 店舗型ファッションヘルス
- ストリップ劇場
- アダルトショップ等
この法改正を契機に、それまで「個室洋服店」「特殊喫茶」等の擬装的名目で営業していた業態が、「ファッションヘルス」という統一的な業態名のもとに業界的に整理された。1985〜1990 年代前半は、ファッションヘルス業態の急速な拡大期にあたる。
拡大期(1986〜1999)
1986 年以降のバブル景気期、ファッションヘルスは全国の繁華街・駅前ビル街に大規模に展開した。店舗の集積地として、東京の歌舞伎町・池袋・上野・錦糸町、大阪の梅田・難波(ミナミ)・京橋、名古屋の錦三、福岡の中州、札幌のすすきの等が確立した。この時期、ファッションヘルス業態は、大手チェーン店の登場、業界誌・風俗情報誌(『マンゾク』『俺の旅』等)の整備、業界別求人媒体の発達、等を通じて、業界として組織化された。
1990 年代中盤以降、無店舗型派遣業態であるデリヘル(デリバリーヘルス)が台頭し、店舗型ファッションヘルスの市場は徐々に圧迫されていった。デリヘルは届出制度・店舗運営コスト・地理的制約等の点でファッションヘルスより営業上優位にあり、2000 年代以降、店舗型ヘルスの数は緩やかな減少基調に入る。
縮小期(2000 年代以降)
2000 年代以降、ファッションヘルス業態は、デリヘル業態への移行・統合により、業界全体の主役の座を譲った。2005 年の風営法改正で店舗型性風俗特殊営業の新規届出に対する地理的規制が強化され、住宅地・学校周辺での新規開業が事実上不可能となったことも、業態の縮小に拍車をかけた。
警察庁の風俗営業統計によれば、店舗型ファッションヘルスの全国届出店舗数は、2005 年前後の数千店舗規模から、2020 年前後には数百〜千店舗規模まで減少したとされる要出典。一方で、無店舗型業態であるデリヘル(無店舗型ヘルスの一種)は同期間に大幅に増加し、業態の主流が「店舗型から無店舗型へ」と移行した。
派生:ホテヘル(新業態)
1990 年代後半以降、店舗型ファッションヘルスから派生した業態として、ホテルヘルス(略称ホテヘル)が登場した。これはキャストが店舗ではなくホテルの客室で性的役務を提供する形態で、店舗型と無店舗型の中間的位置を取る。ホテヘルは制度上デリヘルに近いが、店舗型ヘルスの慣用的サービス内容を継承する点で、業界内では「ファッションヘルスの後継業態」として位置づけられる場合もある。
関連業態との相違
ピンサロ(ピンクサロン): 風営法上は「店舗型性風俗特殊営業」第 2 号(口腔系専門の店舗業態)として、ファッションヘルスとは別の業態区分に置かれる。半個室・パーテーション形式の客席で口腔系サービスのみを提供し、シャワー設備・個室の独立性・接客時間のいずれの点でもファッションヘルスより簡易・低価格である。料金は 30 分あたり 5,000〜10,000 円程度。
ソープランド: 個室付浴場業(風営法 2 条 6 項 1 号)として、入浴施設(浴槽・洗い場)を備える店舗型業態。ファッションヘルスの個室がシャワー中心であるのに対し、ソープランドは浴槽による入浴サービスを基本構成とする。料金もソープランドの方が大幅に高額で、60〜120 分あたり 3〜10 万円が業界平均となる。本番行為の有無は両業態とも法的には禁止されるが、業界実態としてはソープランドの方が黙認区分が広いとされる。
デリヘル: 無店舗型派遣業態(風営法 2 条 7 項「無店舗型性風俗特殊営業」)。キャストが客の指定する場所(主にビジネスホテル・ラブホテル・自宅)へ派遣され、ファッションヘルスと類似の性的役務を提供する。店舗運営コスト・地理規制の制約が小さく、2000 年代以降の業界主流業態となった。サービス内容はファッションヘルスとほぼ同一で、業界用語上はデリヘルを「無店舗型ヘルス」、ファッションヘルスを「店舗型ヘルス」と呼び分ける場合がある。
ホテヘル(ホテルヘルス): キャストがラブホテル・ビジネスホテルに直行し、店舗を経由せずに性的役務を提供する派生業態。制度上はデリヘルに近いが、店舗型ヘルスの後継業態として位置づけられる。
関東・関西の地域差
ファッションヘルス業態の運用は、関東圏と関西圏で慣用的・実態的に差異がある。
関東圏
東京・首都圏では、1985 年の風営法改正以降、ファッションヘルス業態は届出に従って整然と業態区分されてきた。本番禁止建前は厳格に運用され、いわゆる「健全店」(口腔・手淫のみを提供する店舗)が業態の主流である。本番店は業界内で「裏オプション店」として黙認的に存在するものの、警察取締の対象として摘発される頻度も比較的高い。料金体系は標準化が進み、60 分 1.5〜2.5 万円程度の業界平均が形成されている。
関西圏
大阪・京都・神戸を中心とする関西圏では、店舗型風俗業の運用が関東圏と異なる慣用を持つ。特に大阪のミナミ(難波・道頓堀)地区では、ファッションヘルス類似業態として、いわゆる「ちょんの間」「飛田新地」要出典等の特殊な地理的・歴史的業態が並存し、業態の境界が関東圏より曖昧である。本番行為の業界実態的黙認区分は関東より広いとされ、業界誌・体験記等で「関西のヘルスは関東より過激」という業界俗説が継続的に記述される要出典。
ただしこれらは業界内俗説の性格が強く、警察行政上の取締基準は全国一律であり、地域差は法制度ではなく業界慣用・営業実態の次元に存在する。
本番禁止建前と業界実態
ファッションヘルスは、性交(本番)を伴わない疑似的性的役務の提供業態として制度設計されている。これは、性交を伴うサービスは原則として売春防止法違反となり、また風営法上の「店舗型性風俗特殊営業」の業態区分上も性交を伴うサービスは想定されていないためである。
しかし業界実態としては、店舗ごとに「本番なし(健全店)」「本番あり(裏オプション店)」「本番黙認」等の区分が業界用語的に存在する。これは制度上の建前と業界実態の二重構造として、ファッションヘルス業態の特徴的な構造をなす。本番行為の存在は、店舗側の集客上の競争要素であると同時に、警察取締の摘発対象でもある。実態的な本番運用率は、店舗・地域・キャストの個別事情により大幅に異なる。
中村淳彦『日本の風俗嬢』(新潮新書、2014)等の業界ジャーナリズム文献は、店舗型ヘルスの本番禁止建前と業界実態の乖離を、業界内インタビュー・体験記述を通じて記録している。坂爪真吾『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書、2016)は、業態の労働環境・社会保障上の課題と並べて、業界の建前と実態の制度的緊張を社会学的視点から論じている。
文化的言及
ファッションヘルスは、戦後日本の性風俗業の中核業態として、業界誌・週刊誌・社会学研究の主要な対象である。業界誌では『マンゾク』『俺の旅』『ナイトジャーナル』等が継続的に取材記事を掲載し、社会学的研究では中村淳彦・坂爪真吾らの著作が業態の労働環境を記述している。
漫画・小説・映画等での表象も多く、漫画『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平、小学館、2004〜2019)のヘルス嬢編、ドキュメンタリー作品『裏稼業』シリーズ等が、業態の現場像を記録している。AV(アダルトビデオ)業界では「ファッションヘルス」を題材としたシチュエーション作品が継続的に制作され、業態のサービス内容・空間構造・客との関係性を様式化した表現が確立している。
ファッションヘルスは、1985 年風営法改正以降の日本の性風俗業の制度的中核として、現在も業界研究・労働社会学・ジェンダー論の継続的対象であり続けている。
関連項目
参考文献
- 『ファッションヘルス - Wikipedia』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%B9
- 『風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律』 日本国法令 (1948) — 1985年改正で店舗型性風俗特殊営業の業態区分を整理
- 『日本の風俗嬢』 新潮新書 (2014) — 業態別労働実態と業界史
- 『ナイトワーク社会学』 新潮新書 (2018)
- 『性風俗のいびつな現場』 ちくま新書 (2016) — 店舗型ヘルスを含む業態別労働環境記述
- 『風俗営業取締法から風営適正化法へ』 立花書房 (2007) — 1985年改正の立法経緯
別名
- ヘルス
- 店舗型ヘルス
- health(風俗)
- ファッションマッサージ