ふたなり
古語が現代のサブカルチャーに引き受けられて、新たなジャンル名になる。漢字「二形」が辿った変遷の道筋は、日本語の懐の深さを示している。
ふたなり(二形)とは、男女両性の身体特徴を併せ持つ虚構キャラクターを指すサブカル領域の用語である。古語「二形(ふたなり)」が古典的に存在した語彙を、20 世紀末以降の漫画・アニメ・成人向け作品の中で固有の表象ジャンルとして再分節化した日本サブカル固有の概念として把握される。実在の身体的状況(性分化疾患/intersex condition)とは医学的・倫理的に区別される虚構領域の用語である。
概要
ふたなりは、虚構作品上のキャラクター類型として、外見上は女性的特徴(乳房・髪型・服装等)を有しながら男性的身体特徴を併せ持つ造形を典型とする。20 世紀末以降の日本のサブカルチャー、とりわけ同人誌文化・成人向け漫画・アニメ・ゲームの領域で独自のジャンルとして発達し、英語圏でも futanari としてそのまま借用される語彙となった。
実在の身体的状況に関連する用語として、医学的には性分化疾患(disorders of sex development, DSD)あるいは intersex condition という術語が用いられる。これは多様な遺伝的・内分泌的要因による身体的特徴の集合であり、当事者の人権・尊厳に関わる医学的領域である。サブカルチャーにおけるふたなりという虚構ジャンルとは、まったく別個の問題系として扱われるべきものであり、両者の混同を避ける配慮が表現上重要とされる。
本項は専ら虚構ジャンルとしてのふたなりの文化史的記述に徹するものであり、実在の性分化疾患当事者に関する医学的・社会的事項については別途専門文献を参照されたい。
語源
「二形」は和語「ふた(二)」と「なり(形・成り)」の複合語で、「二つの形態を有する」という字義を持つ古語である。平安時代の説話集『今昔物語集』(12 世紀成立)などに用例が見られ、両性具有の人物・神格を指す古典語として日本語に存在した。
中国古典・仏典においても、両性具有を指す概念は古来存在した。サンスクリット語の napuṃsaka(中性者)、漢訳仏典における「二根」「般吒」(般吒迦)等が、関連語彙として知られる。日本の古語「二形」は、こうした漢籍・仏典由来の概念を、和語の語彙体系に翻訳・吸収した語として位置づけられる。
20 世紀末以降のサブカル文化における用法は、この古語を借用して現代のキャラクター類型を指示する造語的展開である。当該用法は 1990 年代以降の同人誌文化において萌芽し、2000 年代以降に商業領域へ拡散したと見られる 要出典。
歴史と展開
古典における両性具有モチーフ
両性具有のモチーフは、古来世界各地の神話・宗教・文学に存在する。ギリシア神話のヘルマプロディトス(Hermaphroditus、ヘルメスとアフロディーテの息子で両性具有の神)、ヒンドゥー教のアルダナーリーシュヴァラ(Ardhanarishvara、シヴァ神とパールヴァティー女神の半身合体像)、日本の説話文学における二形の人物等、両性具有は神性・異形性・境界性を象徴する古典的モチーフであった。
江戸期の春画・戯作
江戸期の春画・戯作には、両性具有的造形を含む作品が散見される。これらは古典的二形概念の通俗的展開として、近世日本における同類のモチーフの系譜を成す。ただし当時の作品群と現代のふたなりジャンルとの直接的連続性は限定的であり、両者を結びつけるのは比喩的系譜に留まる。
戦後漫画・アニメにおける芽生え
20 世紀後半の漫画・アニメには、両性具有的キャラクターが散見される。手塚治虫『リボンの騎士』(1953 年連載開始)のサファイア王女、池田理代子『ベルサイユのばら』(1972 年連載開始)のオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェなど、性別越境的キャラクターは戦後少女漫画の中核モチーフのひとつであった。これらは現代ふたなりの直接の祖型ではないが、性別越境表象の戦後日本における豊かな伝統を示す。
同人誌文化における定着
現代的意味の「ふたなり」概念の確立は、1990 年代以降の同人誌文化における発達に求められる。コミックマーケット等の同人誌即売会で頒布される成人向け作品の中で、当該キャラクター類型を主題とする作品群が独立した一ジャンルを形成した。
2000 年代以降、商業成人向け漫画・アニメ・ゲームの領域にも当該ジャンルは拡散し、専門誌・専門アンソロジー・専門レーベルの成立を見るに至った。同領域は、男性向け・女性向けの双方に固有のサブジャンルを形成し、相互に交差しつつ発展している。
海外への波及
英語圏のオタク文化においては、2000 年代以降 futanari(略して futa)が日本サブカル由来の固有ジャンル名として浸透した。海外の同人作家・商業作家による futanari 作品も多数制作され、国際的なサブカル領域を形成している。
派生形態と隣接概念
表現の細分化
虚構ジャンルとしてのふたなりは、外見の比重・物語上の位置づけ・性的指向の設定等により多様な細分化を持つ。女性的特徴を強調する造形、両性的均衡を志向する造形、男性的特徴を強調する造形など、作家・作品ごとの表現スペクトラムが広い。
隣接ジャンル
男の娘(女性的容姿を持つ生物学的男性キャラクター)、ニューハーフ(現実の風俗・芸能領域の語、トランスジェンダー女性に部分的に重なる業界用語)、巨根(男性身体特徴の極端な誇張を扱う隣接フェチ)等が、ふたなりに隣接するキャラクター類型・属性語として位置づけられる。
これらは厳密に区別される独立カテゴリでありながら、作品上は相互に交差・重複する場合がある。とりわけ男の娘とふたなりは、女性的容姿を共通項として持つ点で表面的に類似するが、生物学的身体の設定において根本的に異なる類型として理解される。
LGBTQ+ 概念との関係
実在の性的少数者(LGBTQ+)・ジェンダー多様性をめぐる現代の社会的議論は、サブカル領域のふたなりとは別個の文脈で展開される事項である。トランスジェンダー、ノンバイナリー、インターセックス等の概念は、当事者の自己定義・人権・社会的包摂をめぐる議論の中核を成す概念であり、虚構ジャンルとしてのふたなりとの混同は表現上避けるべきとされる。
関連項目
参考文献
- 『日本国語大辞典(第二版)「ふたなり」項』 小学館 (2001) — 古語『二形』の語史
- 『今昔物語集』 原典 12 世紀 (1120) — 古語『二形』の用例を含む説話集
- 『Hentai Manga! A Brief History of Pornographic Comics in Japan』 Fakku (2019) — 成人向け漫画ジャンル史の英語圏文献、ふたなり項を含む
- 『現代用語の基礎知識』 自由国民社 (2010) — サブカル用語としての『ふたなり』の項