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笑い絵

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分類歴史・文化 用例「江戸の人々は春画を笑い絵と呼んだ」 笑い絵という呼称が消えていった」 用法名詞 類義語春画 関連浮世絵 / 吉原 / 最終更新 ▸ 累計 PV

冬の長屋の二階、火鉢を抱えた商人の番頭が、棚から取り出した冊子を膝に開く。表紙には何もない地味な表装、中を開けば極彩色の刷りが現れ、男女の姿が大胆に描かれる。場面の脇には、客を装って入ってきた猫の絵、女の傍らにいる坊主の戯画、画中の人物が交わす冗談めいた台詞が書き込まれている。番頭は思わず吹き出す。これは確かに「絵」であるが、それと同じくらい「笑い」であった。江戸の人々が春画を「笑い絵」と呼んだとき、この語にはこのような滑稽・遊戯・洒落の感覚が確かに含まれていた。

笑い絵(わらいえ、笑絵)は、江戸期に春画を指して用いられた代表的呼称の一つである。「春画」の名称は明治以降に普及し、江戸期には笑い絵・枕絵・艶本・秘戯画・偃息図絵(おそくずのえ)・ワ印など、多様な呼称が併存していた。「笑い」の語感には、性的内容のみならず、パロディ・滑稽・洒落・遊戯の感覚が含意されており、近世春画文化の基本的性格を示す重要な手がかりとなる。本項では用語の歴史、「笑い」が含意した美的・文化的感覚、代表的絵師の作品、近代の用語転換を扱う。

概要

近世日本の春画は、現代日本語が示唆するような「ポルノグラフィ」「猥褻画」とは異なる文化的位置を占めていた。笑い絵という呼称は、この近世的な性格を最も端的に示す。「笑い」の語は、性的興奮を笑いで紛らわせる意味でも、性的場面に滑稽・パロディを織り込む創作態度の意味でも、両義的に用いられた。江戸期の絵師・読者は、春画を見ながら笑い、笑いながら情を動かし、その双方を同時に楽しむ共通感覚を有していた。

明治以降、西洋的な「ポルノグラフィー」概念が輸入され、性表現と公的領域の関係が再編される過程で、「笑い絵」「枕絵」などの和語的呼称は次第に廃れ、近代的な「春画」が公式呼称として定着した。これは単なる用語の変更ではなく、性表現に対する社会的態度の変容を示す事象であった。

江戸期の呼称体系

多様な呼称の併存

江戸期には、性的主題の絵画・版本に対し、複数の呼称が併存していた。代表的呼称は以下の通り。

「笑い絵(笑絵、わらいえ)」は最も一般的な呼称の一つで、江戸の町人層に広く用いられた俗称である。「笑」の字には性的意味と滑稽の意味が二重に込められていた。「枕絵(まくらえ)」は寝室での閲覧・実用を含意する呼称で、新婚夫婦の寝室に置かれた性教育書、または嫁入り道具の一つとして枕絵集が用意される慣行があった。「艶本(えんぽん、つやほん)」は性的場面を含む版本(冊子形式の書物)を指し、文字主体ではなく絵主体の出版物に対して用いられることが多かった。

「秘戯画(ひぎが)」はより雅な表現で、文人・知識人層の用法に多く、「秘」の字が含意する「公にしない」「内輪で楽しむ」性格を強調した。「偃息図絵(おそくずのえ)」は漢語的呼称で、最も古い起源を持ち、古代中国の絵画用語に由来し、知的・教養的文脈で用いられた。「ワ印(わじるし)」は本屋・版元の業界隠語で、「笑」の頭字「ワ」を取った符牒として、版元の在庫管理・流通において春画の符号として用いられた。

これらの呼称は厳密に区別されていたわけではなく、文脈・客層・出版形態により使い分けられた。「笑い絵」が最も口語的・庶民的、「秘戯画」「偃息図絵」が最も文人的・教養的、「枕絵」「艶本」が中間的・実用的、という大まかな対応がある。

呼称の選択と読者層

江戸の出版文化において、書名・呼称の選択は商業戦略でもあった。蔦屋重三郎(1750-1797)・鶴屋喜右衛門・西村屋與八などの主要版元は、春画の出版にあたり「笑」「艶」「枕」などの語を題名に組み込み、読者層に応じて使い分けた。

『絵本笑上戸』『笑本千代雛』など「笑」を冠する作品は、笑いと性の結合を強調する庶民向けの作品が多かった。一方、『歌枕』(歌麿、1788)、『絵本玉門の松』など「枕」を含む作品は、より上層客向けの大判・多色刷りの高級品として位置づけられた。

「笑い」の含意

パロディと滑稽

近世春画の重要な特徴の一つは、性的場面に多様なパロディ・滑稽要素が織り込まれていることである。代表的な要素として、以下のようなものがある。

第一は画中画・対比図である。性行為の場面に並べて、それと対比される滑稽な場面・古典文学の場面・歌舞伎の場面などが描き込まれ、観者は性的場面と並列の文化的文脈を読み取る楽しみを得た。第二は戯画的な台詞である。画中人物の口から発せられる台詞は、写実的な行為描写ではなく、しばしば洒落・地口(ことば遊び)・滑稽な掛け合いとして書き込まれ、当時の流行語・当て字・隠語が多用された。第三は身体の戯画化である。性器の誇張的描写、身体部位の異常な配置、動物との掛け合いなど、写実から逸脱した戯画的要素が積極的に取り入れられた。これは現代から見ると「滑稽」「漫画的」と見えるが、江戸期にはむしろ娯楽性・遊戯性の表現として評価された。

「秘画」でなく「公の遊び」

近世春画の文化的位置として重要なのは、それが完全に「秘」の領域に押し込められた表現ではなく、町人層の公的娯楽の一部であったことである。婚姻時の枕絵贈与、商家の暖簾分けの祝儀、武家の出陣の縁起物(春画は「武運長久」の符牒とされた)など、公的・準公的な場での春画の流通が広範に行われていた。

「笑い絵」という呼称は、この公的・娯楽的位置と整合する。性的内容を「笑い」として枠付けることで、公的場面での流通を正当化し、また閲覧者に「これは遊びだ」「滑稽だ」という距離取りを提供した。

「武運」の符牒

武家社会では、春画は「武運長久」の縁起物とされ、出陣の際に兜や鎧の中に忍ばせる慣行があった。これは性的興奮を伝統的に「火」「陽」のエネルギーと結びつけ、戦場での生命力の象徴とする民俗的観念に基づく。武家の蔵書目録には、春画版本が「兵法書」と並んで記載される場合もあった要出典

この武運符牒の慣行は、笑い絵が「卑猥なもの」「隠すべきもの」のみとは見なされず、社会的に意味のある呪具・縁起物としても機能していたことを示す。

主要絵師と作品

菱川師宣(1618-1694)

近世春画の確立に決定的役割を果たした絵師。元禄期(1688-1704)に活躍し、それまで肉筆画中心だった春画を、版本・木版多色刷りの形式へと展開させた。代表作『恋のむつごと四十八手』(1685 頃)は、性行為の体位を 48 種に体系化した版本として、後の春画の典型を確立した。

師宣の作品は、性行為そのものよりも、行為の周囲の風俗・調度・着物の描写に力点があり、後の春画における「文化総合」的性格の基礎を成した。

鈴木春信(1725 頃-1770)

明和期(1764-1772)に多色刷り版画(錦絵)の技法を確立し、春画にも応用した。春信の春画は、繊細な人物表現、雅な雰囲気、古典文学への引用を特徴とし、文人的・教養的な層を読者として想定した。代表作『風流艶色真似ゑもん』(1770)は、小さな男(豆男)が他人の性行為を観察するという奇想を持つ春画として知られる。

喜多川歌麿(1753-1806)

寛政期(1789-1801)に春画の頂点を成した絵師。代表作『歌まくら』(1788)、『絵本笑上戸』(1803)は、女性の表情・身体・心理の繊細な描写と、構図の大胆な省略を特徴とし、世界美術史的にも最高傑作の一つとされる。

歌麿の春画は、行為そのものよりも、行為における女性の感情・心理に焦点を当てる点で革新的であった。同時代の吉原の遊女文化と密接に結びつき、廓内の人間関係を題材とする作品が多い。

葛飾北斎(1760-1849)

文化・文政期(1804-1830)に春画を制作した。代表作『絵本玉門の松』(1812)、『万福和合神』(1821)、有名な『蛸と海女』(『喜能会之故真通』、1814)は、世界美術史上もっとも有名な春画の一つで、現代美術にも影響を与え続けている。

北斎の春画は、奇想的・グロテスク的・幻想的な性格を持ち、写実的描写を超えた想像力の領域を開拓した。

渓斎英泉・歌川国貞・歌川国芳

文化・文政期から天保期(1804-1844)にかけて、英泉・国貞・国芳らが春画を量産した。国貞『艶本花の都』、国芳『華古与見』など、技巧的・物語的に充実した晩期春画の代表例である。これらの作家は、笑い絵が単なる卑猥画ではなく、近世美術の総合的達成の一部であったことを示す。

近代の用語転換

「春画」の定着

明治期(1868-1912)に入ると、性表現に対する公的態度が大きく変化した。明治政府は西洋的な「文明国」のイメージを保つため、春画を「猥褻画」として取締の対象とし、出版を厳しく制限した。1887 年(明治 20 年)以降の出版条例の改正、1907 年の刑法 175 条の制定により、春画の制作・販売・流通は法的に困難となった。

この近代化の過程で、和語的呼称(笑い絵・枕絵・艶本)は次第に用法が衰え、「春画」が学術的・公式的呼称として定着した。「春」の字には性的含意があり(「春情」「春心」)、漢語的・儒教的な距離取りを伴う呼称として、近代の知的言説に整合的であった。

ただし「春画」自体も江戸期にすでに用いられた語であり、明治の「発明」ではない。明治期に行われたのは、複数の呼称のうち「春画」を選択し、他を周縁化する選別の作業であった。

「笑い絵」の用語的衰退

「笑い絵」の呼称は、明治後半から大正期にかけて、口語的にはなお一部で使われたが、印刷物・公的言説からはほぼ消失した。これは「笑」の字が含意する庶民性・通俗性が、近代的な「美術」「文化財」概念と整合せず、より格上げされた「春画」の語に置き換えられたためと考えられる。

戦後、特に 1990 年代以降の春画再評価の流れの中で、「笑い絵」の呼称は学術的な用語として再び注目を集めるようになった。江戸期の春画文化の独自性(笑い・滑稽・遊戯)を強調する文脈では、「春画」よりも「笑い絵」の語が選好される場合もある。

海外の “shunga” の定着

近代以降の春画の海外受容においては、日本語の “shunga” が国際美術用語として定着した。“warai-e” は学術論文の中で時折言及されるが、海外の一般的呼称としては定着していない。これは「春画」が音韻的・表記的に簡明であるのに対し、「笑い絵」がより複雑な発音・表記を持つことが影響している可能性がある。

文化史的意義

笑い絵という呼称は、近世日本の性表現文化の独自性を示す重要な手がかりである。「笑」の字に性的含意と滑稽の含意の双方が込められた点は、近世春画が「卑猥」「秘」の枠に閉じ込められず、「笑い」「遊び」「文化」の領域として展開していたことを示す。

近代以降の用語転換(笑い絵 → 春画)は、性表現と公的領域の関係の再編を示す事象である。明治政府の文明化政策、刑法 175 条の制定、近代美術概念の輸入などが複合的に作用し、近世の多様な呼称体系は単一の「春画」へと収斂した。これは性表現の地位低下を伴うと同時に、学術研究の対象としての春画概念の確立を伴った。

近年の春画再評価(2013 年大英博物館「Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art」、2015-2016 年永青文庫等での日本国内春画展)は、近世の笑い絵文化の現代的再発見の動きとして重要である。日本国内での展示が困難であった戦後数十年を経て、ようやく日本でも近世春画が公的に展示されるようになった経緯は、近代の用語転換が単なる名称変更ではなく、社会的タブー化の過程を含意していたことを示す。

本項目においては、「笑い絵」の語を単なる「春画の旧称」としてではなく、近世日本の独自の文化的感覚を保存する重要な歴史用語として扱う立場を採る。

関連項目

参考文献

  1. 『春画』 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E7%94%BB
  2. 白倉敬彦 『春画』 新潮社 (2002)
  3. Clark, Timothy ほか編 『Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art』 British Museum Press (2013)
  4. 林美一 『江戸の春画』 新潮社 (1988)
  5. 稲垣進一 『浮世絵入門』 河出書房新社 (1990)

別名

  • 笑絵
  • 秘戯画
  • 偃息図絵
  • ワ印
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