茶を挽く石臼の、上の石が下の石の上で水平に旋回する。江戸の絵師たちは、その所作と男女の身体配置を結びつけて名前をつけた。命名の風通しがいい時代だった。
茶臼(ちゃうす)とは、男性が仰臥位を取り、女性がその腰部にまたがって性交する体位の江戸期呼称。現代日本語でいう騎乗位系統の先行語にあたり、四十八手体系における主要体位の一つである。語源は茶葉を粉末にする石製の道具「茶臼」(ちゃうす)で、女性の腰の旋回運動が茶を挽く所作に類比される。江戸前期の絵師・菱川師宣による春画図譜『恋のむつごと四十八手』(1670 年代)を起源とする四十八手体系において、対面型の上位体位を代表する名称として定着した。現代の隠語としては、騎乗位とほぼ同義に用いられるが、より古典的・文学的な語感を帯びる。
概要
茶臼は、被挿入側(伝統的には女性)が挿入側(伝統的には男性)の腰部に騎乗する対面上位の体位を指す。両膝を寝具に接した蹲踞型と、両足底を寝具に接したスクワット型の二大変種があるが、四十八手体系で「茶臼」と呼ばれるのは前者の蹲踞型を中核とする。
「茶臼」の名称は、茶葉粉砕用の石臼の構造的類比に由来する。茶臼は上下二石からなり、上石が下石の上で水平に旋回することで茶葉を挽く。この旋回運動と、被挿入側の骨盤旋回運動の視覚的類似が命名の根拠になった。江戸期の艶本では、茶臼は対面正常型(本手)と並ぶ二大基本体位として頻出する画題で、菱川師宣・鈴木春信・葛飾北斎・喜多川歌麿の春画群にいずれも見られる。
語源
「茶臼」(ちゃうす)は、抹茶生産に用いられる石製の臼を指す名詞。日本国語大辞典は茶臼の体位的用法について、菱川師宣の四十八手図譜を初出として位置づけている。語源論的には、上石の旋回運動が女性の腰の動きに類比される点が一致して指摘されるが、性風俗誌を繙くと、より具体的には「茶を挽く動作の手応え」が体位の運動感と重ねられたとする説もある。
茶臼は江戸期から「茶臼を挽く」「茶臼に乗る」など動詞句としても流通し、隠語としての汎用性を持っていた。明治期に入ると性教育・医学文献における「対面上位」「女上位」といった近代語に押されて学術用法は退潮するが、艶本・俗文学の語彙として今日まで残存している。
英語圏には茶臼に直接対応する語はなく、現代では cowgirl position(西部劇の女性騎手の連想)や woman on top が概ね近接する訳語として扱われる。中国語では「女上位」(nǚ shàng wèi)が一般語で、茶臼に類する茶器類比の名は使われない。
歴史
江戸期の四十八手体系における位置
四十八手は江戸期の春画・艶本における体位分類体系で、その起源は菱川師宣の春画図譜『恋のむつごと四十八手』(1670 年代)に遡るとされる。「四十八手」の名は相撲の決まり手の数(古来の四十八手)に由来する見立てで、性愛における体位を相撲の技に類比する諧謔の表現だ。
この体系の中で、茶臼は「騎乗位系」を代表する基本型として位置を占める。派生形態として「居茶臼」(いぢゃうす、両者が向き合って座る座位的茶臼)、「茶臼のばし」(被挿入側が前傾しつつ脚を伸ばす変種)、「松葉崩し」(脚を松葉のように交差させる変種)、「筏茶臼」「時雨茶臼」など多数が記録されている。江戸の絵師たちが、ひとつの体位の細部の差異を別個の名で固有名化した執着の系譜は、現代日本のジャンル細分化文化の遠い祖先と言えなくもない。
茶臼が江戸艶本で頻出した理由は、画面構成上の優位性に拠る。被挿入側の身体が前景に置かれるため、髪結い・襦袢の崩れ・帯の線・後ろ姿(背面茶臼の場合)といった衣装文化の細部を画面化できる。春画における女性の身体表現は、茶臼の構図において最も豊穣な細部を獲得した。
近代以降
明治期の性教育・医学翻訳語の流入に伴い、「対面上位」「女性上位」「騎乗位」といった近代用語が学術文脈を占めるようになり、「茶臼」は艶本・大衆風俗誌の語彙として周辺化した。戦後の性愛指南書・AV 業界用語においても、ほぼ「騎乗位」が標準語として用いられ、「茶臼」は古典的・文学的含みを帯びた古語的な位置に退いた。
しかし、近年は江戸文化研究の隆盛、四十八手の再ブームを背景に、艶本研究・性民俗学の分野で「茶臼」の名が再度注目を浴びている。永井義男『江戸の性語辞典』(2014)、白倉敬彦『春画と道祖神』(2010)などは、四十八手体系の現代的再評価を進めた重要な仕事だ。
派生形態
居茶臼
両者が向き合って座位を取り、被挿入側が挿入側の腰部にまたがる形態。挿入側の上肢が被挿入側の背面に回るため、対面型茶臼の中でも最も身体接触面積が広い変種となる。江戸艶本では夫婦の親密な情景として頻出する画題で、文学作品では「契り深き居茶臼」のように形容される。
茶臼のばし
被挿入側が上半身を前傾し、脚を後方に伸ばした形態。挿入側に上体を預けるため、両者の唇の距離が縮まる。心理的密着感の高い変種として春画で頻出する。
筏茶臼・時雨茶臼
筏茶臼は被挿入側が両脚を寝具に伸ばして筏のような姿勢を取る変種、時雨茶臼は被挿入側がリズミカルな上下運動を反復する動作型変種とされる。記述の詳細は文献により揺れがあり、江戸艶本ごとに変種の輪郭は異なる要出典。
背面茶臼
被挿入側が挿入側の足側を向いて騎乗する形態。現代の背面騎乗位に相当する。江戸艶本では「逆茶臼」「裏茶臼」とも記される。
春画における視覚表現
春画の画面構成において、茶臼系列は「女性の身体・衣装表現を画面の前景に配置できる」という構造的優位を持つ。菱川師宣以降、江戸期の絵師たちが茶臼の構図に執着した一義的な理由は、ここにある。
具体的には次のような演出が春画に頻出する。崩れた帯と襦袢が画面下方に滑り落ちる構図。被挿入側の髪が乱れ、後ろ髪が首筋を伝って背中へ流れる構図。挿入側の表情が下から見上げる視線として捉えられ、被挿入側の表情が画面上方の正面に置かれる構図。茶臼は、画面の主役を被挿入側に置く構図として、江戸の絵師たちにとって理想的な「演出舞台」を提供した。
葛飾北斎の『万福和合神』、喜多川歌麿の『歌まくら』、鈴木春信の春画群、いずれも茶臼系列の構図を中核画題として収録する。江戸期の春画における茶臼の頻度の高さは、後の現代 AV における騎乗位の標準性を予言したかのような関係性を示す。
現代における用法
現代日本語の通常文脈では「茶臼」は騎乗位とほぼ同義の古語的呼称として扱われる。AV ジャンル名・成人向け作品のタグとしては「騎乗位」が標準で、「茶臼」の語は江戸風俗・時代劇・歴史エロ漫画などの古典的舞台設定の文脈で使われる。
同人誌・成人向け漫画の歴史風物作品においては、茶臼の名称が江戸文化考証の一環として登場する場面もある。江戸艶本研究の学術的進展を背景に、四十八手の体位名(茶臼・松葉崩し・しがらみ・本手)が固有名として参照される文脈は今後増加する余地がある。
関連項目
参考文献
- 『恋のむつごと四十八手』 (1670年代) — 現存する四十八手最古の枝幹文献の一つとされる
- 『江戸の性語辞典』 朝日新聞出版 (2014)
- 『春画と道祖神 ―― 性民俗の世界』 ちくま学芸文庫 (2010)
- 『四十八手』 日本国語大辞典 (2002) — 小学館・第二版・第六巻
- 『歴史人「江戸の性語辞典」連載』 ABCアーク — 茶臼の項 https://www.rekishijin.com/28368
別名
- 茶臼の体位
- 茶臼位
- chausu
- 居茶臼