古事記の性
古事記の性(こじきのせい)とは、和銅五年(712年)に太安万侶が撰録した日本最古の歴史書『古事記』に記された性愛・身体・生殖に関する言述の総体を指す。
概要
『古事記』上巻の神代巻を中心に、性的結合・身体露出・生殖・性別越境にまつわる挿話が多数収録される。これらは後世の儒教的・仏教的禁忌が浸透する以前の、古代日本における身体観・宇宙観を反映していると考えられている。性は単なる私的行為ではなく、世界の生成原理、神々との交渉、共同体の祝祭と不可分に結びついた言述として現れる。神話学・民俗学・国文学の領域では、こうした記述を通じて古代人の心性を再構成する試みが続けられてきた。
国生み神話と宇宙的性愛
『古事記』上巻冒頭、伊邪那岐(イザナキ)・伊邪那美(イザナミ)の二神は、天の浮橋に立ち、天沼矛(あめのぬぼこ)で混沌の海をかき回してオノゴロ島を生成する。この矛と海水の動作は、男性原理と女性原理の宇宙的交合として神話学的に解釈される。
両神は天の御柱を立て、互いの身体について「我が身は成り成りて成り合はざる処一処在り」(イザナミ)、「我が身は成り成りて成り余れる処一処在り」(イザナキ)と確認し、「成り合はざる処」と「成り余れる処」を刺し塞いで国を生むことを合意する。この件りは、性器とその結合を直截に語りつつ、それを国土生成の原理に昇華した表現として古代文学研究の主要な分析対象となってきた。
なお、最初の交合では女性のイザナミから先に声をかけたために蛭子(ひるこ)が生まれて葦舟で流される。次にイザナキから先に声をかけ直すことで、本州・四国・九州・隠岐・佐渡・壱岐・対馬・淡路の八つの島々(大八島)が次々と生まれる。順序の逆転と矯正という構造は、家父長制以前の母権的伝承と、編纂時の父権的秩序の重層を示すと吉田敦彦は『日本神話の特色』で指摘している要出典。
アメノウズメと天岩戸の裸踊り
天照大神が弟スサノヲの暴挙に怒り天岩戸に隠れた際、世界は闇に包まれる。八百万の神々は協議の末、天宇受売命(アメノウズメ)に踊りを命じる。
『古事記』本文は、ウズメが天香山の蔓を襷とし、笹葉を手に取り、伏せた桶の上で「胸乳(むなち)をかき出で、裳緒(もひも)をほとに押し垂れき」と記す。乳房をあらわにし、裳の紐を女陰まで押し下げて踊ったとされる。神々はこれを見て哄笑し、その笑い声に誘われた天照大神が岩戸を細く開けたところを引き出されたという。
この挿話は、性的露出が単なる猥褻ではなく、太陽神を再生させる呪的・祭祀的行為として機能していたことを示す。民俗学者・大林太良は、こうした「神聖な裸」の伝統が東南アジアから北東アジアにかけて広く分布する豊穣儀礼と通底することを指摘している要出典。後世の神楽・里神楽におけるアメノウズメの所作の継承、また各地の祭礼における裸祭・露出儀礼との関連も論じられてきた。
ヤマトタケルと性別越境
中巻に登場する倭建命(ヤマトタケル)の説話には、性別越境の重要な事例が見られる。父景行天皇に命じられて熊曾建(クマソタケル)兄弟を討つ際、ヤマトタケルは叔母倭比売命(ヤマトヒメ)から授かった衣裳を身につけ、髪を解いて少女の姿に変装する。宴席に紛れ込み、酔った熊曾建に近づいて剣で刺し殺すという筋立てである。
この異性装(クロスドレッシング)は、単なる戦術的偽装にとどまらず、巫女的・両性具有的な聖性を帯びた所作として読み解かれてきた。河合隼雄は『神話と日本人の心』において、ヤマトタケルの女装を「中性的な英雄性」の表現と位置づけ、日本神話における性別の流動性を論じている要出典。
また、ヤマトタケル自身が複数の妻(弟橘比売命ら)との物語的関係を持ち、東征の途上で詠む歌は、男性的武勇と女性的情愛が同一人格に共存する古代的英雄像を構成する。性別二元論が硬直化する以前の、流動的な身体・人格観の痕跡と解釈される。
ヲトメの呪歌と愛の伝統
『古事記』には、神々や英雄が交わす歌謡(記紀歌謡)が百十数首収録されており、その多くに性愛・求婚・閨房の主題が織り込まれている。
八千矛神(ヤチホコ、後の大国主)が沼河比売(ヌナカワヒメ)に求婚する場面では、戸を叩き、夜の更けるのを待ちつつ歌を交わす長大な「神語(かむがたり)」が展開される。「青山に日が隠らば ぬばたまの夜は出でなむ」と男神が歌い、女神は「我が心 浦渚の鳥ぞ 今こそは我鳥にあらめ」と応じる。求愛と承諾の往還を、自然の景物に託して語る対話形式は、後の万葉集相聞歌の源流とみなされてきた。
また、軽太子と軽大郎女の近親相姦的悲恋(下巻)、応神天皇と髪長比売をめぐる仁徳天皇との父子間の譲歩など、宮廷内の性愛にまつわる挿話も多く、それぞれが歌謡を伴って語られる。これらは古代の「言挙げ」の伝統、すなわち呪的な言葉の力としての歌の機能を保持している。
性的タブー以前の世界観
上山春平は『神々の体系』において、記紀神話を律令国家成立期の政治思想として読む立場から、神統譜の編成原理を論じた。一方、吉田敦彦・大林太良らの比較神話学は、『古事記』の性的挿話を環太平洋・ユーラシアに広がる神話モチーフのなかに位置づけ直してきた。
これらの研究が共通して示唆するのは、『古事記』編纂期(八世紀初頭)の日本において、性は宗教的禁忌の対象というより、宇宙生成・豊穣・治癒・統治と接続する公的な力として認識されていた点である。後世、儒教倫理の浸透、仏教の女人不浄観、近世の貞操規範、近代の性科学的分類などが重層的に堆積し、性は私的・隠匿的な領域へと押し込められていった。古事記の性表現は、そうした堆積以前の地層にある身体観の証言として、近代以降の民俗学・国文学・神話学が繰り返し回帰する源泉となっている。
後世への影響
平安期の『古今和歌集』『伊勢物語』に見られる雅な恋愛表現、中世の能楽における女神・巫女像、近世の神道言説における性的祭祀の再評価、近代の折口信夫による「色好み」論など、古事記の性的言述は時代ごとに読み替えられながら継承されてきた。江戸時代の本居宣長『古事記伝』は、儒教的解釈を排して「もののあはれ」の原型として古事記を読む方法論を確立し、その視座は近代の民俗学・国学に受け継がれている。
関連項目
参考文献
- 倉野憲司校注『古事記』岩波文庫、1963年
- 吉田敦彦『日本神話の特色』青土社、1989年
- 河合隼雄『神話と日本人の心』岩波書店、2003年
- 上山春平『神々の体系——深層文化の試掘』中公新書、1972年
- 大林太良『日本神話の構造』弘文堂、1975年
- 本居宣長『古事記伝』(岩波文庫版、1940-1944年)
別名
- 古事記の性表現
- 神話の性
- 記紀神話の性愛