性的マイノリティ
性的マイノリティ(せいてきまいのりてぃ、英 sexual minority)とは、社会の多数派(マジョリティ)とは異なる性的指向・性自認・身体的性のあり方を持つ人々を指す総称概念である。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、Aセクシュアル(無性愛者)、X ジェンダー、インターセックス等を包括し、英語圏で並行して用いられる頭字語 LGBTQ よりも広い射程を持つ社会学的・人権論的カテゴリとして機能する。本項では概念の構造、規模に関する量的把握、日本における歴史的展開、自治体パートナーシップ制度、社会学的議論を扱う。
概念と射程
定義
性的マイノリティは、性的指向(sexual orientation、誰に性的・恋愛的に惹かれるかの方向性)、性自認(gender identity、自身がいかなる性であると認識するか)、性表現(gender expression、社会に対していかなる性として振る舞うか)、身体的性(sex characteristics、染色体・性腺・性器等の身体的特徴)のいずれか又は複数において、異性愛規範(heteronormativity)・性別二元論(gender binary)に基づく多数派の枠組から外れる人々を包括する。各構成要素は独立した軸として把握され、複数軸において少数派である者も、単一軸においてのみ少数派である者も含まれる。
含まれる人々
性的マイノリティの範疇に通常含まれる主要カテゴリは、ゲイ(gay、男性を対象とする男性)・レズビアン(lesbian、女性を対象とする女性)・バイセクシュアル(bisexual、複数のジェンダーを対象とする者)・トランスジェンダー(transgender、出生時に割り当てられた性別と異なる性自認を持つ者)である。これに加え、A セクシュアル(asexual、他者に性的に惹かれない者)、A ロマンティック(aromantic、恋愛的に惹かれない者)、X ジェンダー(日本語圏で用いられる、男女に限定しない性自認の総称。英語圏の non-binary、genderqueer に近接)、インターセックス(intersex、典型的な男女の身体的特徴の二分に当てはまらない身体特徴を持つ者)、パンセクシュアル(pansexual、性別を問わず人を対象とする者)、クエスチョニング(questioning、性的指向・性自認を模索中の者)等を包括する。
LGBTQ との関係
頭字語 LGBTQ は性的マイノリティを構成する代表的カテゴリの頭文字を取った包括語であり、両者は概念的に重なる部分が大きい。ただし頭字語の長大化による「分かりにくさ」を回避し、また頭字語に列挙されない少数派(X ジェンダー、A セクシュアル等)を漏れなく含意する目的で、より上位の概念として「性的マイノリティ」「性的少数者」が用いられる。性的マイノリティが上位カテゴリで、LGBTQ がその主要構成要素を頭字語として可視化したもの、という階層関係として整理されることが多い。国際人権の場面では、性的指向と性自認(Sexual Orientation and Gender Identity, SOGI)、又はこれに性表現を加えた SOGIE という、頭字語に依拠せずすべての人の属性として扱う概念枠組が並行して用いられる。
規模
日本国内調査
性的マイノリティの人口規模を把握する代表的な調査として、株式会社電通ダイバーシティ・ラボ実施の LGBTQ+調査がある。同調査によれば、日本における性的マイノリティ該当者の割合は、2015 年調査で 7.6%、2018 年調査で 8.9%、2020 年調査で 8.9%、2023 年調査で 9.7% と報告された。調査年・調査手法・自己定義の枠組により数値は変動するが、概ね 8 〜 10% 前後という規模感が継続的に示されている。
学術調査では、大阪市民を対象とした釜野さおり他「性的指向と性自認のあり方に関する調査」(2019)が、性的マイノリティ該当者を 3.3% と推計するなど、調査設計の違いにより数値の幅は大きい。これは「自身を性的マイノリティと認識するか」「典型的な異性愛・性自認の枠組から外れる経験を持つか」のいずれを基準とするかにより把握される人口が異なるためであり、概念の境界がもともと連続的であることを反映する。
数値の留保
これらの統計は、当事者がカミングアウトすることへの社会的障壁(後述するアウティング被害への警戒、家族・職場関係への影響への懸念等)が依然として残るなかで取得された自己回答に基づくものである。実数はこれを上回る可能性が高いと指摘されている。
日本における歴史的展開
戦後の不可視化
戦後の日本社会において、性的マイノリティは長らく公的言説の場から不可視化されてきた。同性間の性愛に関する直接的な処罰規定は明治期以降の刑法に存在せず要出典、表立った刑事的迫害は欧米諸国に比べて顕著ではなかった。一方で家族制度・婚姻制度・社会慣行の中で性的マイノリティの存在は「ないもの」として扱われ、当事者は限られた繁華街の特定区域(東京・新宿二丁目、大阪・堂山町等)に匿名的コミュニティを形成した。医学・心理学の場面では、同性愛は長らく「治療対象の精神疾患」と位置付けられ、米国精神医学会 DSM 1973 年、世界保健機関 ICD 1990 年の脱病理化が日本社会一般に浸透するには時間を要した。
府中青年の家事件 (1990 〜 1997)
1990 年 2 月、ゲイ・レズビアンの当事者団体「動くゲイとレズビアンの会」(通称アカー)が東京都の青少年宿泊施設「府中青年の家」を団体利用した際、同宿の他団体からの差別的言動に対し施設側が十分な対応を取らないうえ、その後の利用申込みを「同性愛者の利用は青少年の健全育成上ふさわしくない」との理由で拒否した。
アカーは 1991 年に東京都を提訴し、1994 年 3 月の東京地裁判決は原告勝訴、1997 年 9 月 16 日の東京高裁判決(平成 9 年 9 月 16 日判決)は東京都の控訴を棄却した。判決は「都教育委員会を含む行政当局としては、その職務を行うについて、少数者である同性愛者をも視野に入れた、慎重な配慮が必要であり」「無関心であったり知識がないということは、公権力の行使に当たる者として許されない」と判示した。本件は、日本の司法が性的マイノリティに対する公権力による差別的取扱いを違法と明確に認めた初の判決として、当事者運動・人権論の文脈で象徴的意義を持つ事案となった。
2000 年代の制度的進展
2003 年 7 月、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(平成 15 年法律第 111 号)が成立した。これは一定要件を満たすトランスジェンダー者に家庭裁判所の審判による戸籍上の性別変更を認めるもので、性的マイノリティに関する初の本格的国会立法であった。並行して当事者団体・人権団体の活動が可視化を進め、Tokyo Pride(後の Tokyo Rainbow Pride)は 2010 年代に数万人規模のパレードに成長した。
2015 年 ―― パートナーシップ制度の出発点
2015 年は日本における性的マイノリティ施策の転換点として記憶されている。同年 4 月 1 日、東京都渋谷区が「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」(平成 27 年渋谷区条例第 12 号)を施行し、同性カップルに「パートナーシップ証明書」を発行する制度を日本の自治体として初めて導入した。同年 11 月から証明書交付が開始された。
世田谷区も同年 11 月、要綱に基づき「パートナーシップの宣誓書」の受領証を交付する制度を開始した。渋谷区の条例方式と世田谷区の要綱方式は、後続自治体の制度設計に対して二つの参照モデルを提示した。
2020 年代の展開
2023 年 6 月、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(令和 5 年法律第 68 号、通称LGBT 理解増進法)が成立・施行された。同法は罰則規定を持たない理念法として、国・自治体・事業者・学校に対する啓発の努力義務を定めた。同年 10 月、最高裁大法廷は性同一性障害特例法の生殖不能要件について違憲判決を下し、2024 年以降は複数の高裁レベルで同性婚を認めない民法・戸籍法を違憲とする判決が積み重なっている。
自治体パートナーシップ制度の拡大
制度の性格
パートナーシップ制度は、同性又は性的マイノリティ同士のカップルに対し、自治体が「パートナー関係にあること」を公的に証明する制度の総称である。法律婚とは異なり相続権・税制上の配偶者控除・国民年金第 3 号被保険者資格等の法律上の効果は伴わないが、自治体運営の公営住宅入居・自治体病院での面会・手術同意・自治体提携の民間サービス(住宅ローン、生命保険、携帯電話の家族割引等)において配偶者に準じる扱いを受けるための実用的基盤として機能する。
普及状況
渋谷区・世田谷区(2015)に続き、伊賀市・宝塚市・那覇市・札幌市・福岡市等の早期導入自治体が 2010 年代後半に登場した。2020 年代に入り都道府県レベルでも茨城県(2019)、大阪府(2020)、東京都(2022)等が制度を導入。NPO 法人虹色ダイバーシティ等の集計によれば、制度導入自治体は 2024 年時点で 400 を超え、人口カバー率は約 85% 以上に達したとされる要出典。自治体レベルの応答の蓄積は、国レベルでの法律婚開放議論に対する社会的基盤となっている。
関連する法的論点
同性婚と選択的夫婦別姓
同性カップルの法律婚へのアクセスを認めるか否かは、性的マイノリティの権利擁護をめぐる中心的論点の一つである。2019 年以降、複数の同性カップルが、同性婚を認めない民法・戸籍法は憲法 14 条(平等権)・24 条(婚姻の自由)に違反するとして、国を相手に「結婚の自由をすべての人に」訴訟を提起した。2021 年 3 月の札幌地裁違憲判決を皮切りに、地裁・高裁レベルで違憲・違憲状態の判断が積み重なっている。
選択的夫婦別姓制度の論争(民法 750 条改正論)は直接的には性的マイノリティ施策ではないが、家族・婚姻に関する画一的規範の見直しという論点で性的マイノリティの権利擁護と並行して議論されてきた。最高裁は 2015 年・2021 年の二度にわたり民法 750 条を合憲と判断しており、立法による制度改正の議論が継続している。
アウティング・SOGI ハラスメント
職場・学校でのアウティング被害は、2015 年の一橋大学法科大学院事件を契機に社会的認知が進み、2020 年施行の改正労働施策総合推進法(パワーハラスメント防止法)に基づく厚生労働省告示において「個の侵害」型のパワーハラスメントとして明示的に位置付けられた。詳細はアウティングを参照。
社会学的議論
異性愛規範批判と不可視化
社会学者風間孝は、府中青年の家事件をめぐる著作で、戦後日本の公権力が同性愛者を積極的に処罰しないという意味で「寛容」に見えながら、その存在を制度的に承認しないという構造的排除を行ってきたことを論じた。同性愛が「ある」とも「ない」とも明確に位置付けられない曖昧な不可視性こそが、日本社会における性的マイノリティ排除の特徴であるという議論である。菊地夏野・堀江有里・飯野由里子編『クィア・スタディーズをひらく』(2019)は、性的マイノリティ概念を単なる属性カテゴリの集合としてではなく、規範的性別・性的指向の境界そのものを問い直すクィア的視座から再構成することを提案する。
フェミニズム・SOGI 論との交差
社会学者上野千鶴子の一連の著作は、性的マイノリティの権利擁護とフェミニズムが、家父長制(patriarchy)・異性愛規範という共通の規範に対する批判という点で交差することを論じてきた。「マイノリティ」と「マジョリティ」の二分が規範的多数派を暗黙の基準として固定化するきらいがある、との批判から、すべての人がそれぞれの SOGI を持つに過ぎないという視座(SOGI アプローチ)も並行して提示されている。一方、現実の差別構造に対する権利擁護の場面では「マイノリティ」としての可視化と政策的働きかけが実務上不可欠であるとの擁護論も継続している。
関連項目
参考文献
- 『電通ダイバーシティ・ラボ LGBTQ+調査 2023』 株式会社電通 (2023)
- 『동성애자と公権力 ―― 府中青年の家事件をめぐって』 解放出版社 (2003)
- 『クィア・スタディーズをひらく 1 ―― アイデンティティ、コミュニティ、スペース』 晃洋書房 (2019)
- 『発情装置 新版』 岩波現代文庫 (2015)
- 『渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例』 渋谷区 (2015)
- 『世田谷区パートナーシップの宣誓の取扱いに関する要綱』 世田谷区 (2015)
- 『東京都ほか同性愛者の青年団体の宿泊利用拒否事件控訴審判決』 東京高等裁判所 (1997) — 平成 9 年 9 月 16 日判決、判例タイムズ 986 号 206 頁
別名
- セクシュアル・マイノリティ
- sexual minority
- セクマイ