女性向け AV
女性向け AV(じょせいむけえーぶい)とは、視聴主体として女性を想定し、物語性・男優の身体的および人格的魅力・撮影トーンを意図的に設計したAV(アダルトビデオ)の総称である。本項ではレーベル史、男性向け作品との表現上の差異、出演男優、海外との比較、配信プラットフォームの動向を扱う。
概要
女性向け AV とは、家庭視聴用成人映像のうち、女性を主たる消費者として想定し、製作意図・宣伝・流通の各段階において女性視聴者を訴求対象に据えた一群の作品を指す。男性向け AV が女性出演者の身体的特徴と性的行為の直接描写を中核に置くのに対し、女性向け AV は男優の人物造形、関係性の物語的構築、撮影空間の美的演出を相対的に強調する点に特徴がある。
ジャンルとしての成立は 2000 年代後半に遡り、特に 2008 年のレーベル「SILK LABO(シルクラボ)」設立以降、明確な商品カテゴリとして確立した。それ以前にも女性視聴者を意識した作品は散発的に制作されていたが、専門レーベルの登場と専属男優の制度化によって、独立した産業ジャンルとして可視化された。
前史
1990 年代までの女性受容
戦後日本における成人向け映像作品の女性視聴は、長らく不可視の領域であった。ロマンポルノ期(1971-1988)においては、神代辰巳・田中登らの作品群が女性主人公の内面描写を主題に置いたことから、一部に女性観客の存在が指摘されたが、女性視聴者を一次的なターゲットに据える商業的試みは限定的であった。
1980 年代の AV 産業成立期において、製作・流通・購買の主体は圧倒的に男性であり、女性は出演者としてのみ産業に関与する構造が固定化していた。女性消費者の存在は、隣接領域である官能小説・ボーイズラブ同人誌・レディースコミック等を通じて部分的に可視化されていた。
2000 年代前半の試行
2000 年代前半、女性誌『an・an』のセックス特集連載(1989 年以降毎年刊行)が示す女性消費者の性的関心の顕在化を背景として、複数のメーカーが女性視聴者向け商品の試作に着手した。アタッカーズ系列の一部企画、KUKI による女性向けレーベル試行等がこの時期にあたるが、いずれも独立した商品カテゴリとしての定着には至らなかった。
SILK LABO の成立とジャンル確立
レーベル設立
2008 年、ティーパワーズ株式会社により「SILK LABO」が立ち上げられた。同レーベルは女性スタッフを企画・演出に積極的に登用し、撮影トーン、男優選定、ストーリーテリングの各要素において、それまでの男性向け AV とは異なる設計原理を採用したことで知られる。
SILK LABO の主要な制度的特徴として、(1) 専属男優制度の確立(後述)、(2) 撮影現場における女優の心理的安全性への配慮、(3) パッケージデザイン・宣伝文言における女性消費者向けトーンの一貫性、(4) 男優のメディア露出を前提とした人格的ブランディング、が挙げられる。これらは後続レーベルの設計上の参照点となった。
後続レーベル
SILK LABO 設立以降、女性向けレーベルは複数に拡張した。同社内のサブレーベル「GIRL’S CH(ガールズチャンネル)」がより日常的・カジュアルな路線を担い、SILK LABO 本体がドラマ性の高い長尺作品を扱う棲み分けが形成された。
その他、フリーグ社の「OPERA(オペラ)」、ナチュラルハイ系列の女性向け企画、Prestige の女性向けライン等が並行的に展開された。これら後続レーベルは、SILK LABO が確立したジャンル文法を基礎としつつ、年齢層・嗜好別のセグメンテーションを進めている要出典。
表現上の差異
物語性の比重
女性向け AV における最も顕著な表現上の特徴は、物語的文脈の比重の高さである。男性向け AV の多くが性行為のシークエンスを主題的中核に据え、前段の状況設定を簡略化する傾向にあるのに対し、女性向け AV は登場人物の関係性の発展、感情的接近のプロセス、性行為に至る心理的経緯の描写に相当の尺を割く。
撮影フォーマットとしては、性行為以前の会話・食事・デート場面などが冒頭から中盤にかけて展開され、性行為そのものが作品全体の中盤から後半に配置される構成が定型化している。
男優の主体化
男性向け AV における男優は、しばしば顔や全身の被写体としての存在感を抑制され、女優の身体描写を補助する役割に置かれる。これに対し女性向け AV では、男優の顔・身体・声・人格が積極的に画面に露出され、男優自身が主たる訴求対象として機能する。
具体的には、(1) 男優の顔のクローズアップ撮影、(2) 男優のセリフ量の増加、(3) 男優の身体的魅力(筋肉・体格)を強調するアングル、(4) 男優のオフショット・インタビューを含む特典映像の充実、等が定型的な演出として採用される。
撮影トーン
撮影上の照明・色調・カメラワークにおいても両者には差異がある。女性向け AV では柔らかい自然光調の照明、暖色系の色調、安定したカメラワークが好まれ、過度なクローズアップや極端な俯瞰アングルは抑制される傾向にある。これは女性誌・恋愛映画の視覚的文法を参照した結果として理解できる。
肌の見せ方についても、男性向け AV が女優の身体の特定部位(乳房・臀部・性器周辺)への寄りを多用するのに対し、女性向け AV は男女両方の身体を相対的にバランスよく画面に配し、男優の背中・腕・後頭部などのカットを意図的に挿入する。
性行為の描写
性行為そのものの描写においても、激しい体位変化や持続時間の誇示よりも、相互的な触れ合いや視線の交換を強調する演出が選好される。声の演出においても、女優の喘ぎ声に加えて男優の囁き声・名前の呼びかけが重要な構成要素となる。
主要男優
女性向け AV の制度的成立は、専属男優制度の確立と不可分である。ジャンル草創期から活動する男優として、一徹は SILK LABO の代表的な専属男優の一人として知られ、長期にわたる出演実績と女性ファン層の獲得により、女性向け AV の象徴的存在として位置づけられる。
しみけんは男性向け AV における出演本数の多さで知られる男優であるが、女性向け AV にも継続的に出演し、性教育的著作の刊行を通じてジャンルの社会的可視性向上に寄与した。稲場流伊、北野のぞみ、たかし、ムータン等も、それぞれの個性的な人格像によって女性向け AV の男優陣を形成している要出典。
これら男優のメディア露出は、雑誌インタビュー、トークイベント、SNS 上の活動等を通じて、男性向け AV における男優の不可視性とは対照的な、人格を持つ被写体としての立ち位置を築いている。
海外との比較
米国の動向
米国では、女性向けまたはカップル向けを標榜する成人映像レーベルとして、X-Art(2009 年設立)が知られる。同レーベルは美術的な撮影トーンと長尺の前戯描写を特徴とし、英語圏の女性向けポルノ市場の参照点となった。Bellesa、Make Love Not Porn 等のオンライン中心のサービスもこの系譜に属する。
欧州の動向
欧州では、デンマーク出身の映画監督エリカ・ラスト(Erika Lust)による「Lust Cinema」「XConfessions」が、フェミニスト・ポルノの代表的事例として国際的な注目を集めている。これらは観客投稿の物語を映像化する手法、ジェンダー・人種的多様性の積極的代表、撮影現場の労働環境への配慮等を制作原理として掲げる。
日本独自性
日本の女性向け AV は、上記の欧米事例と比較して、(1) モザイク処理という法的制約下での表現設計、(2) 専属男優制度に基づく男優の人格ブランディング、(3) 恋愛少女漫画・少女小説の物語文法との連続性、という三点において独自性を持つ。特に第三の特徴は、日本のジャンル女性消費文化(少女漫画、女性向けゲーム、BL)との親和性として理解できる。
配信プラットフォーム
専用配信サービス
女性向け AV の配信は、男性向け作品とは異なる専用導線を介して展開されている。FANZA(旧 DMM.com)は「FANZA 女性向け」セクションを運営し、女性向けレーベル作品を独立カテゴリとして提示する。決済手段、ジャンル分類、レコメンド・ロジックにおいて女性消費者向けに調整された設計が採用されている要出典。
その他、女性向け AV を中心に扱うサブスクリプション型プラットフォームとして「Babygirl」「GIRL’S CH」等が運営されている。これらは月額制視聴を前提とし、長尺ドラマ作品の継続視聴に親和性のあるユーザー体験を提供する。
隣接コンテンツとの連携
女性向け AV の配信プラットフォームは、しばしば隣接する女性向け成人コンテンツ(シチュエーション CD・女性向け官能小説・BL作品等)と複合的に運営される。これは女性消費者の成人コンテンツ消費が、視覚・聴覚・読書という複数のメディア形式を横断する傾向を反映した設計と理解できる。
文化的言及
女性向け AV は、女性週刊誌(『女性自身』『女性セブン』『an・an』等)の特集記事において継続的に取り上げられ、女性の性的主体性に関する議論の素材として参照されてきた。2010 年代以降、ジェンダー研究・メディア研究の文脈において、女性向けポルノグラフィを社会学的・記号論的に分析する論考が蓄積されつつある。
ジャーナリスト藤木 TDC の『アダルトビデオ革命史』(2009)は AV 産業の制度史を体系的に整理した文献であり、女性向け AV 成立の前史的文脈を理解する上での参照点となる。本橋信宏の伝記的著作群もまた、AV 産業の人物史を通じて女性消費者層の形成過程を間接的に照らす。
関連項目
参考文献
- 『アダルトビデオ革命史』 幻冬舎 (2009)
- 『全裸監督 村西とおる伝』 太田出版 (2016)
- 『女性向けポルノグラフィにおける物語構造の研究』 ジェンダー研究 (2015)
- 『SILK LABO 公式サイト レーベル沿革』 ティーパワーズ株式会社 (2008)
別名
- 女性向けアダルトビデオ
- レディースAV
- 女向けAV
- female-oriented porn