ボーイズラブ
男性同士の恋愛および性愛を、もっぱら女性の作り手と読み手が織り上げてきた創作ジャンルが存在する。実在の同性愛文化とは出自を異にしつつ、半世紀近くにわたり独自の語法と読者共同体を発達させ、現代では東アジアを中心とする国際的なポップカルチャー潮流の一端を担うに至っている。
ボーイズラブ(ぼーいずらぶ、英: Boys’ Love)とは、男性同士の恋愛・性愛関係を主題とする、主として女性の作家・読者によって担われる商業創作ジャンルの総称である。略称 BL。本項では商業誌としての成立過程、やおい文化との分節関係、女性読者層の特質、ならびに 2010 年代以降のアジア圏における国際的展開を扱う。
概要
ボーイズラブは、男性同士の恋愛・性愛を描く創作物のうち、商業出版流通を介して女性読者層に向けて供給される作品群を指す日本発のジャンル概念である。漫画・小説・ゲーム・ドラマ CD・アニメ・実写映像など多メディアにわたって展開されており、専門出版社・専門レーベル・専門書店フェアといった独自の流通基盤を有する。
形式的特徴として、(1) 主要登場人物がおおむね男性のみで構成されること、(2) 恋愛関係が物語の中心的駆動力となること、(3) 性的役割の固定的配置(攻 = せめ / 受 = うけ)を含む独自の語彙体系、(4) 描き手・読み手の中核が女性層であること、を挙げることができる。実在のゲイコミュニティの自己表現とは出自・読者層・表現様式を異にする独立ジャンルとして位置づけられている。
語源と用語史
「ボーイズラブ」という呼称は和製英語であり、英語圏では Boys’ Love または略称 BL として、日本由来のジャンル名として逆輸入的に流通している。語源としての英語圏既存表現は存在せず、1990 年代の日本において編集者・書店員らの実務語彙から成立したジャンル名と推定される要出典。
語の成立時期については諸説あるが、1991 年の専門誌『イマージュ』創刊周辺、ないし 1993 年から 1994 年にかけての専門レーベル「ビーボーイ」「花丸」「ルビー文庫」等の創刊期に書店フェアの呼称として定着したと考えられている。1990 年代後半までには出版業界・読者双方に共通用語として浸透し、それまで併存していた「JUNE もの」「やおい」等の呼称を吸収する形で総称ジャンル名としての地位を確立した。
派生語として「ML」(マンズラブ、Men’s Love)、「TL」(ティーンズラブ、女性向け男女恋愛)、「GL」(ガールズラブ、女性同士の恋愛)等が並行的に成立しており、いずれも 1990 年代以降の日本の女性向け創作出版に固有の業界用語体系を成している。
歴史的展開
前史: 少女漫画における耽美派(1970 年代)
ボーイズラブの源流は、1970 年代少女漫画における「少年愛」(しょうねんあい)を扱った作品群に求められる。萩尾望都『トーマの心臓』(1974)、竹宮惠子『風と木の詩』(1976-1984)、山岸凉子『日出処の天子』(1980-1984)等は、いわゆる「24 年組」と呼ばれる女性漫画家たちによって、ヨーロッパ寄宿舎学校・古代日本宮廷といった非日常的舞台装置を用いて少年同士の精神的・身体的関係を描いた作品群である。これらは耽美的描写と文学的主題を備え、後年の BL の表現的源流として位置づけられている。
JUNE 期(1978-1990 年代)
1978 年、サン出版より雑誌『JUNE』(ジュネ)が創刊された。同誌は耽美派の少年愛をテーマとする小説・漫画を中心とする女性向け雑誌であり、栗本薫・中島梓らによる小説、竹宮惠子のイラスト等を看板に展開した。同誌の影響により、1980 年代を通じて女性向け少年愛作品は「JUNE もの」と総称された。
『JUNE』は耽美的・悲劇的・文学的傾向を強く持ち、後年の商業 BL より一層の様式性を帯びた作品群を擁したが、女性作家が男性同士の恋愛を描き、女性読者がそれを享受するという基本的読者文化の枠組みは同誌期に確立された。同人誌即売会の発達と並行して、商業誌・同人誌双方を介した女性向け男性同性愛表現の生態系が成立してゆく。
商業ジャンルとしての BL 確立(1990 年代)
1990 年代に入ると、専門誌・専門レーベルの相次ぐ創刊により、BL は独立した商業ジャンルとして急速に整備された。漫画雑誌では『b-Boy』(1993、ビブロス)、『花音』(1994、芳文社)、『MAGAZINE BE × BOY』(1993、ビブロス)等が、小説レーベルでは「ルビー文庫」(1992、角川)、「キャラ文庫」(2000、徳間)、「ビーボーイノベルズ」(1995、ビブロス)等が相次いで創刊された。
この時期、それまで「JUNE もの」「やおい」と呼ばれていた女性向け男性同士恋愛作品群は、商業流通の整備を背景に「ボーイズラブ」の総称下に再編された。読者層の拡大、作家の専業化、編集体制の確立により、ジャンルは出版経済的に自立した規模に成長した。
多メディア展開(2000 年代以降)
2000 年代以降、BL は漫画・小説に加えてドラマ CD、アニメ、ゲームへと展開領域を広げた。BL ゲームでは『学園ヘヴン』(2002)、『咎狗の血』(2005)、『LAMENTO -BEYOND THE VOID-』(2006)等のアダルト向け作品が発表され、BL 系コンシューマゲームジャンルとしての「乙女ゲーム」とは別系統の市場を形成した。
電子書籍流通の発達により、2010 年代以降は紙媒体雑誌の縮小と並行して電子書籍配信の拡大が進み、BL ジャンル全体としては読者層を維持・拡大している。日本の電子書籍販売における BL ジャンルのシェアは恒常的に高水準にあり、商業ジャンルとして堅調な経済的基盤を有する。
やおいとの分節関係
BL としばしば併用される語に「やおい」がある。両者の関係については論者によって整理が分かれるが、現代日本の業界用語的整理としては概ね以下のように区別される。
| BL | やおい | |
|---|---|---|
| 流通形態 | 商業出版主体 | 同人誌主体 |
| 内容傾向 | オリジナル設定 | 二次創作中心 |
| 成立期 | 1990 年代以降 | 1970 年代後半以降 |
| 用語ニュアンス | 業界・出版用語 | ファンダム・自己呼称 |
すなわち、BL は商業出版ジャンルとしての側面、やおいは同人誌・二次創作文化としての側面を強調する語彙的使い分けとして運用されている。両者の作家・読者層は大幅に重複しており、「商業 BL の作家が同人誌でやおい二次創作を描く」「商業 BL 単行本がやおい二次創作読者層に支えられる」といった人材的・経済的相互浸透が常態化している要出典。
なお、英語圏では yaoi と BL が同義的に流通する場合と、上記日本語業界用語に近い使い分けがなされる場合の双方が観察される。
表現様式
BL は半世紀近い歴史の中で独自の表現様式・語彙体系を発達させてきた。代表的な要素として以下が挙げられる。
- 攻 / 受(せめ / うけ): 性的関係における能動 / 受動の役割配置を示す呼称。物語類型の最も基本的な分類軸となる。
- カップリング表記: 「A × B」(A が攻、B が受)の形式で関係性を記述する記法。同人誌・二次創作文化を通じて発達した。
- 関係性の類型: 「幼馴染」「上司部下」「先輩後輩」「敵同士」等、関係的距離を物語的駆動力とする類型化。
- 身体描写: 男性キャラクターの身体描写は、写実的なものから少女漫画的様式を強く帯びたものまで広い幅を持ち、ジャンル内のサブカテゴリ(「リーマン BL」「ヤンキー BL」等)を成す指標となる。
これらの語彙・記法体系は、商業誌と同人誌の双方を通じて読者共同体に共有されており、BL 文化の固有の言語的基盤を構成している。
読者層と「腐女子」概念
BL の読者層は中核的に女性であり、その自己呼称として「腐女子」(ふじょし)の語が広く流通している。この語は 2000 年代前半に同人文化圏で自虐的・自己肯定的に用いられ始め、以後一般メディアでも広く使用されるに至った。男性読者層は「腐男子」(ふだんし)と呼ばれ、相対的に少数であるものの確実に存在する。
社会心理学者・山岡重行の調査(『腐女子の心理学』2016)では、BL 読者の年齢層は 10 代後半から 40 代まで幅広く、職業構成は学生・会社員・専門職を含む多層的構造を示すとされる。BL 読者層の多くは現実生活において異性愛志向であり、BL 嗜好と性的指向の間に直接の連関は見られないとする調査結果が複数報告されている。
ジャンル研究者・溝口彰子は『BL 進化論』(2015)において、BL は単なる性的ファンタジー消費に留まらず、女性読者にとって異性愛規範の外で関係性を想像する装置として機能してきたと論じている。この観点から、BL は単なる商業ジャンルを超えてジェンダー / セクシュアリティ研究の対象となっている。
海外受容
英語圏
英語圏では 1990 年代後半以降、日本の BL 漫画の海賊版翻訳がオンラインで広まり、2000 年代以降は正規翻訳出版が拡大した。米国の Tokyopop、Digital Manga Publishing、SuBLime(VIZ Media と Animate International の合弁)等が日本 BL の英語版を刊行し、英語圏の専門読者層を形成した。Galbraith・McLelland らによる学術論集『Boys Love Manga and Beyond』(2015)は、英語圏 BL 研究の基本文献として継続的に参照されている。
中華圏・東アジア
中華圏では 2000 年代以降、台湾を中心に日本 BL 翻訳が拡大した。並行して中華圏発の BL 創作は「耽美」(タンメイ)と呼ばれる独自ジャンルを形成し、ウェブ小説プラットフォーム「晋江文学城」(中国)等を介して大規模な創作・読者文化を発達させた。著名な耽美ウェブ小説『魔道祖師』(墨香銅臭、2015-2016)はアニメ化・実写ドラマ化され、東アジア圏で広く受容されている。
タイ・東南アジアの BL ドラマブーム
2010 年代後半から、タイにおいて BL ドラマ(Y シリーズ、Boys’ Love series)の制作が急速に拡大した。『SOTUS』(2016)、『2gether』(2020)、『Bad Buddy』(2021)等の作品は、タイ国内で高視聴率を記録するとともに、ストリーミング配信を通じて日本・中国・フィリピン・インドネシア・ラテンアメリカ等の国際市場で広範な視聴者層を獲得した。タイ BL ドラマは、出演俳優を「カップル」(Y couple)として売り出すマーケティング手法とファンミーティング文化を結びつけた独自の産業様式を発達させており、東南アジア発のソフトパワー・コンテンツ産業として注目を集めている。
韓国・フィリピン・ベトナムにおいても 2020 年代以降 BL ドラマ制作が拡大しており、東アジア・東南アジア圏全体としての BL コンテンツ市場の成立が観察される。
表現規制との関係
BL は商業出版物として、各国の表現規制制度の対象となる。日本国内では他のエロ漫画同様、刑法 175 条のわいせつ物頒布罪、ならびに自治体の有害図書指定(ゾーニング)の規制対象となる。2010 年の「東京都青少年健全育成条例改正案」を巡る議論においては、BL 出版社・作家団体も反対運動の主要な担い手の一翼を担った。
韓国・中国における規制
中華人民共和国では 2010 年代後半以降、男性同士の恋愛描写を含む映像作品・ウェブ小説に対する事実上の出版規制が強化された。2018 年の上海耽美小説作家「天一」の懲役 10 年判決は、耽美ジャンル全体に強い萎縮効果をもたらした。2021 年の中国広電総局通達は男性同性愛描写を含む映像作品の制作・配信を実質的に困難化し、中国 BL ドラマ産業の停滞を招いた。
韓国では憲法上の表現の自由が比較的広く保障されているものの、青少年保護法に基づく有害媒体物指定制度が存在し、BL 作品も同制度の対象となる事例が散発的に存在する。
これらの諸国における規制状況は、BL ジャンルが扱う主題が国家・社会の同性愛観と直接的に交叉することを示しており、創作の自由と社会規範の関係を考察する上で重要な事例となっている。
文化的言及
BL は 2010 年代以降、ジェンダー研究・カルチュラルスタディーズの正統な研究対象として国際的に認知されるに至った。日本国内では永久保陽子『やおい小説論』(2005)、溝口彰子『BL 進化論』(2015)、堀あきこ・守如子編『BL の教科書』(2020)等が体系的研究書として刊行され、英語圏では Galbraith・McLelland らの編著(2015)が代表的論集として参照されている。
商業ジャンルとしての BL は、女性が女性のために男性を描き、独自の関係性語彙と読者共同体を半世紀にわたり発達させてきた点において、戦後日本のサブカル文化の中でも例外的な位置を占める。21 世紀初頭以降の国際的展開は、BL を日本発のジャンルから東アジア圏共有のポップカルチャー潮流へと変容させつつあり、ジャンルとしての成熟と国際化の双方が同時進行している段階にあると言える。
関連項目
参考文献
- 『やおい小説論——女性のためのエロス表現』 専修大学出版局 (2005)
- 『BL進化論——ボーイズラブが社会を動かす』 太田出版 (2015)
- 『BL進化論[対話篇]——ボーイズラブが生まれる場所』 宙出版 (2017)
- 『Boys Love Manga and Beyond: History, Culture, and Community in Japan』 University Press of Mississippi (2015)
- 『BLの教科書』 有斐閣 (2020)
- 『腐女子の心理学——彼女たちはなぜ M 男に萌えるのか』 福村出版 (2016)
別名
- BL
- Boys' Love
- Boys Love
- ボーイズ・ラブ
- ML
- マンズラブ