キャバクラ
オフィス街のビルの 8 階。エレベーターを降りるとボーイが「いらっしゃいませ」と声を掛け、ドレス姿のキャストが客の隣に座り、薄く水割りを作る。性的サービスは原則として提供されず、しかし日常の会話と一般飲食店をはるかに超える女性接待の濃度がある。1980 年代に成立し、現在も日本の繁華街で最大の接待業態として営まれている、それがキャバクラである。
キャバクラ(cabaret club、略号キャバ)とは、女性従業員が客の隣に着席して酒類提供と会話接待を行う飲食店業態の総称である。本項では 1980 年代前半に確立した日本固有の業態として、伝統的キャバレー・銀座クラブからの分岐、風営法上の位置づけ、業界規模、関連業態との相違を扱う。
概要
キャバクラの基本サービスは、(1) 来店した客に対し、店側が指名または振り分けで女性キャストを 1 名以上配置、(2) キャストは客の隣に着席して酒類を提供・歓談する、(3) 飲食代+席料+指名料(または時間制の一律料金)が課金される、という形態を取る。性風俗関連特殊営業ではなく、性的サービス(性交、性器接触)は原則として行われない。
風営法上は「接待飲食等営業」(同法 2 条 1 項 1 号、いわゆる風俗営業 1 号、「キャバレー、待合、料理店、カフェーその他設備を設けて客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営業」)に分類され、各都道府県公安委員会の許可営業である。営業時間は原則として深夜 0 時(地域により 1 時)までと法定され、午前 6 時までの深夜営業は風俗営業の許可とは別の届出が必要となる。
語源
「キャバクラ」は「キャバレー(cabaret)」と「クラブ(club)」を組み合わせた和製語である。「キャバレー 7 割、クラブ 3 割」という業態構想を語源とする説が広く知られている。
戦後日本の接待飲食業界は、戦前のカフェー、戦後のキャバレー(米兵相手のショー付き接待業態)、1960〜1970 年代の高級ホステスクラブ(銀座クラブ)、という系譜で発達してきた。1980 年代前半、伝統的キャバレーの集団的接待・大箱営業の形式と、銀座クラブの個別指名制・高級志向の中間に位置する、新しい業態として「キャバクラ」が登場した。安価な料金体系と、若年女性キャスト中心の編成で、サラリーマン需要を取り込んだ。
「キャバクラ」の語が広く流行したのは 1985 年で、同年の流行語大賞(現代用語の基礎知識選 流行語大賞)で言及された要出典。日本初の「キャバクラ」を名乗った店舗については、1976 年西浅草『CLUB Royal』説、1982 年池袋『New 我我』説等、複数の説が並存する要出典。
歴史
前史:カフェー・キャバレー(1920–1970 年代)
戦前のカフェー(女給がコーヒー・酒類提供と接客を行う飲食業態)は、大正末期から昭和初期にかけて都市部で大流行した。1929 年大阪・ミナミの『丸玉』『ユニオン』等の大型カフェーが、戦後接待業の遠い祖先となる。
戦後 1950 年代には、米兵相手のキャバレーが進駐軍接待業態として発達した。新宿『ニューラテンクォーター』、銀座『美松』、大阪『ローズ』等の大箱キャバレーは、生バンドのショーと女性ホステスの接客を組み合わせた華やかな業態として、1960〜1970 年代に最盛期を迎えた。
1970 年代には、銀座を中心に高級ホステスクラブ(銀座クラブ)が確立した。一席数万円の高単価、固定客中心、個別ホステスの指名制という、現在のキャバクラに近い構造の前身である。ただし銀座クラブはあくまで富裕層・接待需要が中心で、一般サラリーマンの需要には対応しなかった。
確立期(1980–1985)
1980 年代前半、伝統的キャバレーの大箱営業の衰退と、銀座クラブの高級路線の限界の隙間に、若年女性キャスト中心・指名制・中価格帯の新業態として「キャバクラ」が登場した。1982 年の池袋『New 我我』、1984 年頃の都市別出店ブーム、1985 年の「キャバクラ」流行語化、を経て業態として確立した。
1980 年代後半のバブル経済期には、サラリーマンの接待需要・個人消費の拡大を背景に、キャバクラは全国の繁華街に急速に拡大した。北新地(大阪)、中州(福岡)、すすきの(札幌)、栄(名古屋)、錦糸町・池袋・新宿(東京)等が主要繁華街として確立した。
拡大期(1986–2000)
1986 年以降の景気拡大で、キャバクラは大衆接待業態として爆発的に拡大した。一店舗あたり数十名のキャスト、多店舗チェーン展開、業界専門誌(『ナイトワーク』等)の発刊、キャスト募集を扱う風俗専門求人誌の確立、等が連動して進行した。
1990 年代中盤以降の景気後退期にも、キャバクラの基本的な業態は維持された。一方で「ガールズバー」(カウンター越しに女性スタッフが接客する小規模業態、風俗営業許可不要)、「セクキャバ」(風営法の 2 号営業として性的接触を伴う業態)、「キャバ嬢系ガールズキャバ」等、派生・隣接業態が次々と登場した。
2000 年代以降
2000 年代に入ると、女性誌『小悪魔 ageha』(2005〜2014)、ドラマ『嬢王』『キャバすか』等のメディアでキャバ嬢が独立した「職業」「キャラクター」として確立した。トップキャストの月給数百万円〜数千万円の事例が報じられ、若年女性のキャリア選択肢の一つとして社会的認知を獲得した。
一方で、キャバ嬢の労働実態、未払い賃金問題、契約上の搾取構造等の社会問題も浮上した。中村淳彦『ナイトワーク社会学』(2018)等が、業界の労働環境を社会学的視点から記述している。
2020 年代
COVID-19 期(2020〜2022)の営業自粛・時短要請は、接待業全般に深刻な打撃を与えた。キャバクラ業界も多店舗の閉店・縮小を経験したが、2023 年以降は需要回復が進んでいる。2024 年現在、ホストクラブ売掛問題と並行して、キャバクラ業界も「悪質売掛」問題への対応が議論されている。
関連業態との相違
ホストクラブ: 男性キャストが女性客を接待する、キャバクラのジェンダー反転業態。1971 年新宿二丁目『愛本店』を起点に発達し、現在は歌舞伎町を中心に集積。
ピンサロ: 性的サービス(口腔系)を提供する性風俗関連特殊営業。風営法上の業態区分が異なり、キャバクラより低価格帯・サービス時間も短い。
セクキャバ(セクシーキャバクラ): 風営法 2 号営業に分類される、性的接触を伴うキャバクラ類似業態。胸部接触等を売りにし、キャバクラとピンサロの中間的位置を取る。
ガールズバー: 客とキャストが対面しない・着席接待を行わない小規模業態で、風俗営業許可ではなく一般飲食店として営業する。料金は低く、サービス内容は会話中心。
銀座クラブ: 1970 年代から続く高級ホステスクラブ。一席数万円〜十数万円、固定客中心、顧客紹介制、ホステスの個別指名制、等の点でキャバクラと差別化される。
業界規模と分布
警察庁の風俗営業統計によれば、2020 年前後の全国の風俗営業 1 号(接待飲食等営業)許可店舗数は約 4 万店舗で、その大部分がキャバクラ・スナック・クラブ等の業態である。キャバクラに限定した正確な統計は存在しないが、業界推計では数千〜1 万店舗規模とされる要出典。
主要繁華街:
- 東京: 歌舞伎町、新宿西口、池袋西口、銀座、六本木、錦糸町、上野、北千住等
- 大阪: 北新地、ミナミ(難波・道頓堀)、十三、京橋
- 名古屋: 錦三、栄
- 福岡: 中州、博多
- 札幌: すすきの
文化的言及
キャバクラは、戦後日本の繁華街文化・労働社会・ジェンダー論の主要研究対象である。中村淳彦『ナイトワーク社会学』(新潮新書、2018)はキャストの労働実態を、社会学者・櫻井悟史らの大阪キャバレー史研究は地方都市の接待業の地理的展開を、それぞれ記述している。
ドラマ・小説等での表象も多く、ドラマ『嬢王』(2005)、漫画『闇金ウシジマくん』のキャバ嬢編、小説『キャバ嬢は見た』等がある。キャバクラは、戦後日本のサラリーマン文化、女性労働、夜の経済の交差点として、現在も継続的な分析対象となっている。
関連項目
参考文献
- 『キャバクラ - Wikipedia』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%90%E3%82%AF%E3%83%A9
- 『風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律』 日本国法令 (1948)
- 『ナイトワーク社会学』 新潮新書 (2018)
- 『大阪キャバレー100年史』 立命館大学生存学研究センター(サントリー文化財団研究助成) (2018)
別名
- cabaret club
- キャバ
- キャバ嬢
- 接待飲食店