リベンジポルノ
2013 年 10 月、東京都三鷹市で女子高校生が元交際相手の青年に殺害された。捜査の過程で、加害者が事件前に被害者の性的画像を SNS に投稿していたことが明らかとなり、社会に衝撃を与えた。「リベンジポルノ」という言葉が、日本のメディアで一斉に使われ始めた契機である。被害者の死をもって法整備の機運が一気に高まり、翌 2014 年 11 月、議員立法として「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律」が成立した。
リベンジポルノ(英 revenge porn、日本法上は私事性的画像記録に関する被害)は、元交際相手・元配偶者・元職場関係者等が、当事者の同意なく性的画像を第三者に提供・公開する行為を指す概念である。日本では 2014 年(平成 26 年)11 月 27 日施行の「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律」(平成 26 年法律第 126 号、通称リベンジポルノ防止法)が処罰規定を設ける。本項では立法経緯、構成要件、関連事案、国際比較、論点を扱う。
立法経緯
三鷹ストーカー殺人事件
立法の直接の契機となったのは、2013 年 10 月 8 日に東京都三鷹市で発生したストーカー殺人事件である。被害者の女子高校生(当時 18 歳)は、別離した元交際相手から執拗なストーカー行為を受けていたが、加害者は事件前に被害者の性的画像を SNS・動画サイトに投稿していた。事件後の警察発表・報道により、別離後の性的画像公開という新たな加害類型が広く認識された。
国際的潮流
米国カリフォルニア州が 2013 年 10 月に SB-255 を施行し、リベンジポルノ規制立法の先駆けとなった。同年から翌年にかけて、米国各州・英国等で同様の立法が相次ぎ、国際的な法整備の機運が高まっていた。
議員立法と成立
日本では、自民党・公明党・民主党の超党派議員連盟が立法作業を進め、2014 年 11 月 17 日に衆議院本会議で全会一致可決、19 日に参議院本会議で成立、27 日に施行された。事件発生から約 1 年という異例の速度での立法であった。
構成要件
「私事性的画像記録」の定義(2 条 1 項)
本法は「私事性的画像記録」を以下の 3 類型として定義する。
- 性交又は性交類似行為に係る人の姿態
- 他人が人の性器等を触る行為又は人がその性器等を触る行為に係る人の姿態であって、性欲を興奮させ又は刺激するもの
- 衣服の全部又は一部を着けない人の姿態であって、殊更に人の性的な部位が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの
これら姿態を撮影した画像であって、撮影対象者が「特定の者の閲覧に供する目的」で撮影に応じたもの(例:交際関係下での同意撮影)、又は撮影対象者の同意なく撮影されたものが対象となる。商業用映像作品(AV 等)、自ら不特定多数に公開するために撮影したものは規制対象外である。
公表罪(3 条 1 項)
「第三者が撮影対象者を特定することができる方法」で、電気通信回線(インターネット)を通じて私事性的画像記録を不特定多数に提供した者、又は不特定多数に提供・公然陳列した者は、3 年以下の懲役又は 50 万円以下の罰金に処せられる。
公表目的提供罪(3 条 2 項)
公表罪を犯させる目的で、第三者に提供した者は、1 年以下の懲役又は 30 万円以下の罰金に処せられる。これは加害者が画像を別人に渡し、その別人が公開する事案を捕捉する規定である。
親告罪
本法違反は親告罪(被害者の告訴が訴訟条件)であり、被害者の意思を尊重する構造となっている(3 条 3 項)。ただし、被害者の死亡等の場合における近親者の告訴権が認められる。
プロバイダ責任制限法の特例(4 条)
被害者がプロバイダに対して画像の削除を請求する場合、通常のプロバイダ責任制限法では発信者からの異議申立てを待つ期間(7 日)が設けられているが、本法 4 条はこの期間を 2 日に短縮する特例を設けている。被害の急速な拡大を防ぐ目的である。
関連事案と運用
三鷹事件の刑事処理
2013 年三鷹ストーカー殺人事件の加害者は、本法施行前の事案であったため、本法ではなく刑法上のストーカー殺人罪・名誉毀損罪等で起訴された。本事件が立法の動因となった一方、本人は本法による処罰を受けていないという経緯がある。
施行後の起訴件数
警察庁の統計によれば、本法施行後の検挙件数は施行年の 2014 年(11-12 月のみ)32 件、2015 年 521 件、以降毎年 600-1500 件前後で推移している要出典。スマートフォン普及・SNS 拡大に伴い、被害事案は継続的に増加している。
プラットフォーム事業者の対応
Google、Twitter(X)、Facebook 等の主要プラットフォーム事業者は、本法施行と並行して、リベンジポルノ画像の通報・削除手続を整備した。Google は 2015 年から検索結果からのリベンジポルノ削除請求を受け付ける制度を導入、Facebook は 2017 年から AI による自動検出を実装している。
国際比較
米国
米国では連邦法ではなく州法レベルで規制が進んだ。カリフォルニア州 SB-255 (2013) を皮切りに、2024 年時点で全 50 州・コロンビア特別区が何らかの規制立法を制定している。連邦レベルでは VAWA 改正(2022 年)により、リベンジポルノに対する民事救済規定が新設された。
英国
英国では Criminal Justice and Courts Act 2015 第 33 条が「私的・性的画像の同意なき開示」を犯罪化し、2 年以下の拘禁刑を法定した。2021 年改正(Domestic Abuse Act)は、画像送信の脅迫・身代金要求型リベンジポルノを別途処罰対象とした。
韓国
韓国は性暴力犯罪処罰法第 14 条 2 を 2018 年改正で強化し、無断撮影・流布に対して 7 年以下の懲役という比較的重い法定刑を設けている。同国は 2010 年代に「モルカ」(隠し撮り)問題が社会問題化した経緯があり、規制の厳格化が国際的にも先進的事例となった。
国際的水準
英国・カナダ・豪州・フィリピン等は、リベンジポルノを「画像ベースの性暴力」(image-based sexual abuse, IBSA)として、より広範な性暴力概念の中に位置づける動向にある。法学者 Clare McGlynn、Erika Rackley らは、被害者中心主義に基づく救済・刑事規制の整理を国際的に提唱してきた。
議論
構成要件の射程
本法 2 条 1 項 3 号(被覆姿態)は、その文言の抽象性から運用上の論点となってきた。「殊更に」「性欲を興奮させ又は刺激する」の要件解釈が、SNS 上の通常の自撮り画像との境界を画する重要な役割を果たす。
ディープフェイクへの対応
人工知能技術の発展により、実在する人物の顔を性的画像に合成する「ディープフェイクポルノ」が新たな課題となっている。本法は撮影対象者本人の姿態を要件とするため、合成画像が同等に該当するかは解釈論として争点となる。複数の議員立法による法改正提案が継続的に行われている。
被害回復
本法は刑事処罰を中心に置き、被害回復(画像削除・賠償)については民事制度に委ねる構造となっている。被害者支援団体からは、より迅速・包括的な被害回復制度の必要性が継続的に提起されている。
プラットフォーム責任
SNS・動画サイト等のプラットフォーム事業者の責任強化は国際的な論点である。EU の Digital Services Act (2022)、英国 Online Safety Act (2023) は、プラットフォームに違法コンテンツへの対処義務を課す方向性を示した。日本では 2024 年の[情報流通プラットフォーム対処法]要出典がプラットフォーム規制の整備として位置づけられる。
関連項目
参考文献
- 『私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律』 e-Gov 法令検索 (2014) https://laws.e-gov.go.jp/law/426AC1000000126
- 『リベンジポルノ防止法とその解釈運用』 法律時報 87巻3号 (2015)
- 『Hate Crimes in Cyberspace』 Harvard University Press (2014)
- 『コラム: 私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律について』 警察庁犯罪被害者白書 (2015) https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/whitepaper/w-2015/html/gaiyou/part2/s2_2c09.html
別名
- 私事性的画像記録
- revenge porn
- non-consensual intimate imagery
- NCII