児童ポルノ法
1990 年代後半、欧米諸国は児童ポルノに対する刑事規制を急速に整備していた。1996 年にストックホルムで開催された「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」で日本は、児童ポルノの国際的供給国として名指しで批判を浴びた。インターネット黎明期、日本発のコンテンツが国際的な問題として浮上していた背景があった。この国際的圧力と国内の児童保護運動の高まりを背景として、1999 年に成立したのが、通称「児童ポルノ法」である。
児童ポルノ法(じどうぽるのほう)は、正式名称「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」(平成 11 年法律第 52 号)の通称である。1999 年(平成 11 年)5 月 26 日公布、同年 11 月 1 日施行。18 歳未満の児童を性的に描写した記録の製造・提供・公然陳列等を処罰し、児童買春行為を犯罪化する。2004 年・2014 年の二度の改正を経て、児童ポルノの単純所持も処罰対象となった。本項では立法経緯、構成要件、改正史、議論を扱う。
立法経緯
国際的潮流
1989 年の国連子どもの権利条約採択、1996 年のストックホルム第一回子どもの商業的性的搾取反対世界会議は、児童ポルノ・児童買春に対する国際的な刑事規制整備の起点となった。条約 34 条は、児童をあらゆる形態の性的搾取・性的虐待から保護する義務を締約国に課しており、日本は 1994 年に同条約を批准した。
日本の状況と国際的批判
1990 年代の日本は、児童ポルノを規制する刑事法を持たず、同コンテンツの国際的な供給国として欧米諸国・国際機関から批判を受けていた。当時、日本では刑法 175 条(わいせつ物頒布等罪)が一般的わいせつ規制として機能していたが、児童保護を直接の法益とする規制は存在しなかった。
立法と成立
1999 年 5 月 26 日、議員立法により本法が成立(衆参両院で全会一致)、11 月 1 日施行。立法当時の名称は「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」で、後の改正で「規制及び」が加わり現名称となった。
構成要件
「児童ポルノ」の定義(2 条 3 項)
本法は「児童ポルノ」を以下の三類型として定義する。
- 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態
- 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって、性欲を興奮させ又は刺激するもの
- 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの
「児童」は 18 歳未満の者と定義される(2 条 1 項)。これら姿態を「視覚により認識することができる方法により描写した」記録(写真・電磁的記録・その他の物)が本法の規制対象となる。
処罰対象行為
主要な処罰対象は以下の通り。
- 児童ポルノの製造(7 条 4 項-7 項):3 年以下の懲役又は 300 万円以下の罰金
- 児童ポルノの提供・公然陳列(7 条 6 項):5 年以下の懲役又は 500 万円以下の罰金
- 児童ポルノの単純所持(7 条 1 項、2014 年改正で新設):1 年以下の懲役又は 100 万円以下の罰金
- 児童買春(4 条):5 年以下の懲役又は 300 万円以下の罰金
- 児童買春周旋(5 条):5 年以下の懲役及び 500 万円以下の罰金
「自己の性的好奇心を満たす目的」
単純所持罪(7 条 1 項)は「自己の性的好奇心を満たす目的」での所持を要件とする。これは過失的所持(意図せずダウンロードしてしまった等)を処罰範囲から除外するための主観的要件である。
改正史
2004 年改正
施行から 5 年を経て初の改正が行われた。主な変更点は、児童ポルノの提供罪等の法定刑引き上げ、インターネット上の流通への対応、提供目的の所持・製造の処罰範囲拡張等であった。
2014 年改正と単純所持罰則化
2014 年 6 月、児童ポルノの単純所持を処罰対象に加える改正が成立(同年 7 月 15 日施行、罰則部分は 1 年の周知期間後の 2015 年 7 月 15 日から適用)。これは G8 諸国の中で日本のみが単純所持を犯罪化していなかった状況の解消であり、国際的水準への接近として評価される一方、表現規制との関係で議論を呼んだ。
改正論議の過程で、漫画・アニメ・CG 等の架空表現を規制対象に含めるかが大きな論点となった。最終的に附則 2 条が「児童の権利を侵害しない」表現は規制対象外とする旨を定め、漫画・アニメは規制対象外とする立法者意思が確認された。
規制対象の範囲
実在児童の保護
本法の規制対象は、実在する児童を撮影・録画した記録に限定される。架空キャラクターを描く漫画・アニメ・CG、実在しない児童を描く小説・絵画等は規制対象外とされる。これは本法の保護法益が「児童の権利」(現実の児童に対する性的搾取からの保護)であるという立法者意思に基づく。
三号ポルノ(被覆姿態)の論点
児童ポルノ定義の第 3 号(殊更に性的部位を露出・強調する被覆姿態)は、文言の抽象性から運用上の論点となってきた。判例は「殊更に」「性欲を興奮させ又は刺激する」の要件を厳格に解釈する傾向を示し、芸術作品・記録写真等が直ちに規制対象とならない運用が形成されている。
ジュニアアイドル関連
2000 年代以降、低年齢の被写体による水着・下着姿撮影を内容とする「ジュニアアイドル」関連商品が増加し、本法の三号ポルノに該当するか否かが繰り返し争点となった。複数の摘発事例(東京アニメフェア 2010 関連事案、複数の DVD 製作会社摘発事案等)を経て、被写体年齢・撮影態様・編集意図を総合考慮する判断基準が形成されつつある。
国際比較
米国
米国 PROTECT Act 2003(Prosecutorial Remedies and Other Tools to End the Exploitation of Children Today Act)は、児童ポルノ規制の包括的立法として知られる。実在児童を伴う記録のみならず、識別可能な実在児童を加工した「仮想児童ポルノ」(virtual child pornography)も一定範囲で規制対象とする。
最高裁判決 Ashcroft v. Free Speech Coalition (2002) は、実在児童を伴わない完全な架空児童ポルノを規制する CPPA 1996 を表現の自由(修正第 1 条)違反として違憲とした。米国の規制範囲は、実在児童を保護法益とする原則を最高裁が明示したことで一定の限界が画されている。
英国
英国 Protection of Children Act 1978、Coroners and Justice Act 2009 が児童ポルノ規制の主要立法である。後者は、実在児童を伴わない「写実的に描かれた児童の不適切な画像」を一定範囲で規制対象とする「prohibited image」概念を導入した。英国の規制は、日本に比して架空表現への適用範囲が広い特徴を持つ。
国際条約
国連子どもの権利条約選択議定書(児童の売買、児童買春及び児童ポルノに関するもの、2002 年発効、日本は 2005 年締結)は、締約国に児童ポルノの製造・提供・所持等を犯罪化することを求める。日本の本法は、同議定書批准時の国内法整備の中核として位置づけられた。
議論
表現の自由との関係
本法と表現の自由の関係は、改正論議のたびに繰り返し争点となってきた。とくに架空表現(漫画・アニメ・CG)を規制対象とすべきかどうかは、漫画家・出版業界・表現規制反対運動と児童保護運動の間で対立を生み続けている。日本マンガ学会、コンテンツ文化研究会等の表現者団体は、架空表現の規制が芸術・娯楽表現の萎縮効果を生むとの立場から反対論を展開してきた。
単純所持罰則化の射程
2014 年改正の単純所持罰則化により、過去にダウンロードした記録を意図せず保持しているケース、メールに添付されて自動受信したケースなどの処罰可能性が懸念された。立法者は「自己の性的好奇心を満たす目的」要件によりこうした事案を除外する建前を示したが、運用上の不明確さは残されている。
国際協力と越境流通
インターネット時代の児童ポルノは越境的に流通するため、各国の規制水準の差異が「規制の抜け穴」となる問題がある。Interpol 主導の国際捜査協力、国際刑事警察機構の児童ポルノデータベース ICSE 等を通じた捜査連携が進められている。
関連項目
参考文献
- 『児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律』 e-Gov 法令検索 (1999) https://laws.e-gov.go.jp/law/411AC0100000052
- 『児童ポルノ禁止法の改正について』 警察庁犯罪被害者白書 (2015) https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/whitepaper/w-2015/html/zenbun/part2/s2_2_1c10.html
- 『児童ポルノ規制と表現の自由』 日本評論社 (2008)
- 『Child Pornography Law and Internet Regulation』 Hart Publishing (2008)
別名
- 児童買春・児童ポルノ禁止法
- 児ポ法
- Act on Punishment of Child Prostitution
- Child Pornography Law (Japan)