強制性交等罪
2017 年 7 月 13 日、日本の刑法は明治期の制定以来、性犯罪規定にとっては歴史的な転換点を迎えた。長らく「強姦罪」と呼ばれてきた条文が「強制性交等罪」に改称され、被害者像が「女子」から性別不問へと拡張され、性器への挿入のみならず口腔・肛門への挿入も処罰対象に組み込まれた。明治 41 年(1908 年)に施行された旧刑法以来、110 年近く続いた性犯罪規定の根幹が、被害実態の多様化を踏まえて再構築された瞬間であった。
強制性交等罪(きょうせいせいこうとうざい)は、2017 年(平成 29 年)7 月 13 日に施行された改正刑法 177 条が定めた性犯罪類型であり、旧「強姦罪」を改称・再構成した規定である。被害者の性別を不問とし、口腔・肛門への挿入を対象に含め、法定刑下限を 5 年以上の有期懲役に引き上げた。2023 年 7 月 13 日の再改正により、本罪は不同意性交等罪へと再び改称され、構成要件が同意中心に再構成された。本項では、強制性交等罪として運用された 2017 年から 2023 年までの 6 年間の規定内容と、その歴史的位置づけを扱う。
改正前:強姦罪の構造
旧刑法 177 条
改正前の刑法 177 条は「暴行又は脅迫を用いて 13 歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3 年以上の有期懲役に処する。13 歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする」と定めていた。被害者を「女子」に限定し、行為態様を「姦淫」(性器の性器への挿入)に限定する構造は、被害者を女性身体と特定の侵入行為に固定する近代法の家父長制的構造を反映していた。
立法当時の文脈
明治期の旧刑法(1880 年)、現行刑法(1907 年制定、1908 年施行)における強姦罪は、被害者個人の性的自己決定権ではなく、家父長制下における「家の名誉」「処女性」の保護を法益としていた。1958 年の刑法改正案(廃案)、1974 年の改正刑法草案(廃案)等、戦後にも改正の機運はあったが、性犯罪規定の抜本的見直しは長らく実現しなかった。
21 世紀初頭の運動
2000 年代以降、性暴力被害当事者・支援団体・法律家による改正運動が広がった。男性・トランスジェンダー被害者の存在、口腔性交・肛門性交による被害が法的に「強姦」より軽い「強制わいせつ罪」として処理されてきた問題、法定刑下限が窃盗罪(3 年以下)と同じであるという量刑バランスの問題などが指摘された。
2017 年改正の内容
改称と被害者像の拡張
改正刑法 177 条は、罪名を「強姦」から「強制性交等」に改称し、被害者を「13 歳以上の者」とした(性別不問)。男性、性別を問わない者、性同一性障害当事者など、それまで「強姦罪」の客体外とされてきた被害者が、本罪の対象に含まれることとなった。
行為態様の拡張
旧 177 条が「姦淫」(性器の性器への挿入)に限定していた行為態様が、「性交、肛門性交又は口腔性交」(まとめて「性交等」)に拡張された。これにより、男性被害者に対する加害、女性加害者による男性被害者への加害、口腔・肛門への挿入を伴う加害行為が、より重い本罪として処罰可能となった。
法定刑の引き上げ
法定刑下限が 3 年以上から 5 年以上の有期懲役に引き上げられた。これは強盗罪(5 年以上)と同水準であり、性犯罪が個人の性的自由・尊厳を侵害する重大犯罪であるという立法評価の表明として位置づけられた。
非親告罪化
改正前、強姦罪は親告罪(被害者の告訴が訴訟条件)とされていたが、改正により非親告罪となった。被害者が告訴を断念せざるを得ない事案(報復への恐怖、家族関係の維持等)においても起訴を可能とする趣旨である。
監護者性交等罪の新設
改正に併せて、監護する立場(親権者・施設職員等)を利用した 18 歳未満に対する性交等を処罰する監護者性交等罪(刑法 179 条 2 項)が新設された。暴行・脅迫を要件とせず、地位の利用のみで成立する規定として注目された。
構成要件と運用
「暴行・脅迫」要件
強制性交等罪は、旧強姦罪と同様、「暴行又は脅迫を用いて」性交等を行ったことを構成要件とした。判例は「暴行・脅迫」の程度を「相手方の反抗を著しく困難にする程度」と解釈してきた(最判昭和 33 年 6 月 6 日等)。
同罪が抱えた限界
「暴行・脅迫」要件の維持は、地位を利用した強要、酩酊状態の利用、虐待関係下での性行為、フリーズ反応により抵抗できなかった事案などにおいて立件困難状態を継続させた。福岡地方裁判所久留米支部 2019 年 3 月 12 日判決(父娘間性交強要事件、無罪。後の福岡高裁判決で逆転有罪)など、被害者からみて深刻な事案が無罪となる事例が報じられ、改正運動の継続的な動因となった。
準強制性交等罪との関係
刑法 178 条 2 項(改正前)は、「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者」を処罰する準強制性交等罪を規定した。本罪は強制性交等罪と同等の量刑であり、酩酊・薬物・睡眠等の状態にある被害者への性交等を主な処罰対象とした。
2023 年改正による再改称
不同意性交等罪への移行
2023 年(令和 5 年)6 月 16 日成立、7 月 13 日施行の改正刑法は、強制性交等罪と準強制性交等罪を統合・再構成し、不同意性交等罪を新設した。新 177 条は、「同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態」を構成要件の中核に据え、それを生じさせる事由として 8 類型を法文上明示した。
「強制」概念から「不同意」概念へ
改称の意義は、行為態様(強制)を中心とする構造から、被害者の意思状態(不同意)を中心とする構造への転換にある。強制性交等罪が「行為者が暴行・脅迫を用いた」ことを問うたのに対し、不同意性交等罪は「被害者が同意できない状態にあった」ことを問う。これは性的同意概念の法制度への組み込みとして、国際的な性犯罪法制の潮流と整合する転換であった。
用語の歴史的継承
「強姦罪」(明治期-2017)→「強制性交等罪」(2017-2023)→「不同意性交等罪」(2023-)という名称の変遷は、性犯罪規定が保護する法益の理解が、家父長制的「貞操」から個人の性的自由、さらに性的自己決定権の中核としての同意へと移行してきた歴史を反映する。本項で扱う「強制性交等罪」は、この移行過程における中間形態として位置づけられる。
強制性交等罪期(2017-2023)の評価
達成と限界
2017 年改正は被害者像の拡張と法定刑引き上げという達成を残した一方、「暴行・脅迫」要件の維持により、同意中心の構造への移行は不徹底に終わった。施行後 6 年間の運用において、被害者団体・支援団体からは、暴行・脅迫を欠く事案の不起訴・無罪判決が継続的に問題視され、これが 2023 年改正の動因となった。
監護者性交等罪の意義
監護者性交等罪は、暴行・脅迫を要件とせず地位の利用のみで成立する画期的な規定であり、児童虐待事案の立件に重要な役割を果たした。同罪は 2023 年改正後も維持されている。
国際比較における位置
英国 Sexual Offences Act 2003、スウェーデン同意法 2018 等、国際的な同意中心の立法潮流の中で、強制性交等罪は「強制」を中核に置く伝統的構造を維持した点で、国際水準への接近に時間を要したと評価される。
関連項目
参考文献
- 『刑法各論(第7版)』 弘文堂 (2018)
- 『性犯罪に関する刑法改正の意義と課題』 ジュリスト 1518号 (2018)
- 『刑法の一部を改正する法律(平成29年法律第72号)』 e-Gov 法令検索 (2017)
- 『性犯罪規定の変遷と国際的潮流』 法律時報 89巻10号 (2017)
別名
- 旧強姦罪
- 強制性交罪
- forced sexual intercourse
- rape (former Japanese statute)