戦後の売春防止法体制下において、本番禁止という制度的建前のもとで発達した独特の業態は、当初「トルコ風呂」と呼ばれ、1984 年の業界主導の名称変更を経て「ソープランド」へと改称された。
ソープランド(soapland)は、個室で入浴サービスを提供する性風俗関連特殊営業の業態である。本項では戦後の「トルコ風呂」時代からの歴史、1984 年の名称変更経緯、現行業態の制度的特性、地域分布、料金体系について扱う。
概要
ソープランドは、1950 年代後半に「トルコ風呂」(Turkish bath の和訳)の名称で日本に登場し、戦後日本において独自に発達した性風俗業態である。個室で入浴サービスを提供する形式を取り、「ソープ嬢」と呼ばれる女性従業員が客と一対一で対応する。1984 年の風営法大改正に伴って名称が「ソープランド」に変更され、現在に至っている。
ソープランドは、戦後日本の性風俗業態の中で最も古い系譜の一つを持ち、売春防止法の規制構造とその「隙間」を特徴的に体現する業態として、社会学・法学的研究の対象となってきた。
歴史
トルコ風呂の登場
戦後日本における近代的な「トルコ風呂」の起源は、1951 年に東京・銀座で開業した「東京温泉」(経営者・許斐氏利)とされる要出典。同店は本来のトルコ式蒸し風呂(hammam)の様式に基づき、男性客に対して女性従業員が按摩・サービスを提供する施設として開業した。
「トルコ風呂」の名称は、欧州 19 世紀の Turkish bath 概念に直接由来し、日本国内では当時としては高級な健康・娯楽施設として認知されていた。1956 年の売春防止法成立以降、戦前からの公娼制度・遊郭の閉鎖と並行して、トルコ風呂は性風俗サービスを併せ持つ業態へと段階的に変質していった。
業態の確立(1960-1970 年代)
1960 年代から 1970 年代にかけて、トルコ風呂は全国的に展開する性風俗業態として定着した。東京・吉原(台東区千束)、川崎堀之内、横浜曙町、滋賀県雄琴、愛知県中村、神戸福原、福岡中州、北海道すすきの等の旧赤線地帯およびその周辺に、トルコ風呂集積地が形成された。
1970 年代の業態発達期には、店舗の高級化・サービスの差別化が進み、特殊浴室(個室バスタブ・ベッド付き)、専属マットを用いたサービス、料金体系の階層化等、業態固有の慣行が確立した。
名称変更(1984)
1984 年 8 月、トルコ共和国出身の留学生・ヌスレット・サンジャクリ氏が、自国名が性的サービス業の名称として日本で用いられていることに対し、当時の厚生大臣・渡部恒三宛てに直訴した。同抗議は新聞報道を通じて広く社会化し、業界自主団体・東京都特殊浴場協会は名称変更を決定、1984 年 12 月 19 日に新名称「ソープランド」(一般公募により選定)を発表した。
「ソープランド」の名称は、業界による全国公募により選定された。soap(石鹸)+ land(土地)の和製英語であり、入浴サービスとしての性格を強調する命名であった。これと同時期の 1984 年、風営法大改正が行われ、性風俗関連特殊営業の制度的枠組みが整備された。
制度的特性
法的位置づけ
ソープランドは風営法上、「店舗型性風俗特殊営業」の一類型として規制される。各都道府県公安委員会への届出制であり、営業可能区域は条例により指定される(東京都の場合、吉原・五反田・新宿等の特定地区に限定)。
売春防止法との関係については複雑な議論が存在する。法的建前として、ソープランドは「入浴サービス業」であり、ソープ嬢と客の間に成立する関係は店舗の業務とは別個の「自由恋愛」とされる解釈が業界内で運用されてきた。これは法律学的には極めて特殊な制度的解釈であり、刑事司法当局も実態としてこの解釈を黙認してきた経緯がある。中村淳彦らによる業界研究では、この法的境界の運用について継続的に議論されている要出典。
営業形態
現行のソープランドは、個室の浴室・寝室を備えた施設形態を取る。施設の規模・グレードにより料金体系が大きく異なり、「総額」「コース料金」「指名料」「写真指名料」等の複合的料金構造を持つ。営業時間は風営法・各自治体条例により規定され、深夜営業の制限が設けられている。
従業員は店舗との業務委託契約形態が一般的であり、労働基準法上の被雇用者ではなく独立業務委託者として扱われる。この雇用形態については労働法上の保護の不十分性が指摘される構造的問題でもある。
地域分布
主要集積地
東京都内のソープランド集積地として、吉原(台東区千束)が最大規模である。吉原は江戸期の遊郭・吉原の所在地そのものであり、戦後のトルコ風呂・ソープランド業態の集積地として連続的な歴史を持つ。2020 年代初頭の時点で、吉原地区には約 100 軒のソープランドが営業しているとされる要出典。
その他の主要集積地として、川崎堀之内(神奈川県)、横浜曙町(神奈川県)、雄琴(滋賀県大津市)、中村(愛知県名古屋市)、福原(兵庫県神戸市)、中州(福岡県福岡市)、すすきの(北海道札幌市)等が知られている。これらの集積地は風営法の地域指定を受けた営業可能区域として歴史的に位置づけられている。
地域間の差異
集積地ごとに料金体系・サービス様式・客層に差異がある。東京吉原は最高級店舗が集中する地区、川崎堀之内は中堅価格帯、雄琴は関西圏全体への集客地、福原は関西最大の集積地、すすきのは北日本の中心地として、各々独自の地域的特性を持っている。
業界用語
ソープランド業界には独自の業界用語・専門用語が定着している。「ソープ嬢」(従業員)、「指名」(特定従業員の指定)、「マット」(マットを用いたサービス)、「写真指名」(店舗外写真からの指名)、「総額」(料金総額)、「NS」(店舗内表現で特定サービスを意味)、「ドカン」(「飛び込み」、無指名入店)等が代表例である。これらは業界内コミュニケーション・宣伝媒体・口コミ情報共有において広く運用されている。
文化的言及
社会学者・広岡敬一は『ソープランドの戦後史』(1995)等の著作で、トルコ風呂・ソープランドの戦後発達史を体系的に記述した。中村淳彦『性風俗産業の社会学』(2017)等は、現代のソープランド業界を労働社会学的観点から分析している。
ソープランドは、戦後日本の売春防止法・風営法体制の制度的隙間を特徴的に体現する業態として、また長期的な地域文化的集積地を形成してきた業界として、社会学・法学・地域研究の交差点に位置する重要な研究対象である。
関連項目
参考文献
- 『風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律』 日本国法令 (1984)
- 『売春防止法』 日本国法令 (1956)
- 『ソープランドの戦後史』 三一書房 (1995)
- 『性風俗産業の社会学』 勁草書房 (2017)
別名
- soapland
- 特殊浴場
- トルコ風呂