雑誌の表紙をめくると、最初の数ページが上質紙のカラー印刷で、水着姿のモデルが微笑んでいる。書店でこの巻頭部分を立ち読みすることが、青春期の入り口にあった世代は少なくない。
グラビア(gravure)とは、雑誌・写真集に掲載される女性アイドル・モデルの大判肖像写真、ならびにその撮影・掲載文化の総称である。本項では版式由来の語源、戦後日本における平凡パンチ・GORO からヤングジャンプに至る雑誌グラビア史、ならびにグラビアアイドル文化の社会的位置を扱う。
概要
「グラビア」は厳密には印刷版式の名称であり、photogravure(写真凹版印刷、グラビア印刷)に由来する。20 世紀前半までの雑誌印刷では、表紙と本文中の高品質写真ページに凹版印刷を用い、それ以外を活版印刷とする使い分けが一般的であった。この高品質写真ページが「グラビアページ」と呼ばれ、転じて雑誌の写真ページ全般、さらに女性のヌード・セミヌード写真を意味する語へと意味が拡張した。
現代日本における「グラビア」は、印刷版式とは独立に、(1) 雑誌冒頭・巻中の女性肖像写真ページ、(2) その被写体としてのモデル(=グラビアアイドル)、(3) 撮影・掲載・流通の業界的営みの総体、を意味する語として定着している。
グラビアは、性的主題と表現の自由の境界、被写体の主体性と業界構造、ティーン読者と成人読者の混在等、戦後日本の大衆メディアの主要な争点を凝縮した文化形態である。
語源
「グラビア」は英語 gravure(< フランス語 gravure「彫刻・凹版」)に由来する。photogravure(写真凹版)は 19 世紀後半に開発された写真複製技術で、原版を凹版にエッチングし、凹部にインクを充填して紙に転写する方式である。階調表現に優れ、高品質の写真複製が可能であったため、20 世紀前半の写真集・高級雑誌に広く用いられた。
日本における「グラビア」表記は、1920 年代の写真雑誌『アサヒカメラ』『カメラ』等で印刷技術用語として定着した後、戦後に意味が拡大した。1964 年の『平凡パンチ』創刊以降、「グラビアページ」「グラビア写真」が雑誌冒頭の女性写真ページを指す通称として確立し、1970 年代後半には被写体モデル自体を「グラビアモデル」「グラビアアイドル」と呼ぶ用法が定着した。
歴史
戦前〜戦後初期
戦前日本における雑誌グラビアは、『キング』『婦人倶楽部』等の大衆誌の表紙・口絵に芸者・女優・モダンガールの肖像が掲載される形態であった。当時の検閲制度下では、ヌード表現は美術写真として極めて限定的にしか掲載できず、現代的意味のグラビアとは性格を異にした。
戦後初期のカストリ雑誌は、低品質印刷ながら女性ヌード・セミヌードを大量に掲載した。技術的にはグラビア印刷ではなく粗悪な活版・写真版であったが、雑誌冒頭のヌード写真ページという編集形態の原型はこの時期に定着した。
男性週刊誌期(1964–1973)
1964 年 4 月 28 日創刊の『平凡パンチ』(マガジンハウス)は、戦後の男性誌グラビアの雛形を確立した。米国誌『PLAYBOY』(1953 年創刊)の影響下、ファッション・ライフスタイル記事の冒頭に水着・セミヌード写真ページを配する編集形態が、若年男性読者から圧倒的支持を得た。創刊号は約 60 万部、ピーク時には 100 万部超に達した。
1966 年創刊の『週刊プレイボーイ』(集英社)、1975 年創刊の『月刊プレイボーイ』(集英社)、1979 年創刊の『PENTHOUSE』日本版が続き、男性総合週刊誌・月刊誌の主要編集形態として確立した。グラビアは雑誌の販売部数を直接決定する要素として認識され、表紙モデル・巻頭ページのキャスティングは編集方針の中核となった。
GORO と「激写」(1974–1986)
1974 年 6 月、小学館が A4 大判グラビア誌『GORO』を創刊した。表紙と巻頭を写真家・篠山紀信が担当し、「激写」と題されたグラビアコーナーで無名女性モデルからアイドル歌手・新進女優までを等価に扱う編集方針を取った。
『GORO』創刊号は山口百恵・桜田淳子らアイドル歌手を起用し、後の「アイドル+グラビア」の図式を決定づけた。1975 年に登場した山口百恵主演映画のヌードシーン、1976 年の高峰三枝子・夏目雅子等のセミヌード掲載は、芸能人とグラビアの境界が流動化する転回点となった。
1980 年代前半、山口百恵引退(1980)後の第二次女性アイドルブームのなかで、アイドル歌手・キャンペーンガール・新人女優が水着グラビアを露出する割合が劇的に増加した。クラリオンガール、トヨタ・カローラⅡガール等のキャンペーンガールから芸能界に進出するモデルが定着し、グラビアアイドルという独立カテゴリーの社会的認知が成立した。
青年マンガ誌のグラビア化(1979–現在)
1979 年創刊の『週刊ヤングジャンプ』(集英社)は、青年マンガ週刊誌でありながら、表紙と巻頭グラビアを女性アイドル・タレントが飾る編集形態を 1980 年代後半から本格化させた。当初の松下進イラスト表紙から、1980 年代後半以降は「女性グラビア+マンガ」の形式が確立し、現在に至るまで原則として表紙は女性グラビアが占める。
『週刊ヤングマガジン』(講談社、1980 年創刊)、『ヤングサンデー』(小学館、1987 年創刊、2008 年休刊)、『週刊ヤングジャンプ』が「青年三大誌」として若年男性のグラビア消費の中核を担い、毎週新人モデル・既成タレント・人気アイドルが入れ替わる「グラビア競争市場」が形成された。
写真週刊誌・専門誌期(1981–2000)
1981 年創刊の『FOCUS』(新潮社)、1984 年創刊の『FRIDAY』(講談社)、1986 年創刊の『FLASH』(光文社)等の写真週刊誌は、芸能人スキャンダル写真と新人モデルのグラビアを併載する形式で、200 万部規模のメガ媒体となった。これらの中綴じ写真週刊誌は、駅売店・コンビニ流通でグラビアを大衆化する役割を担った。
1990 年代には『サブラ』(小学館、1995 年創刊)、『PLAYBOY 日本版』、『デジタルカメラマガジン』のグラビア号等、グラビア専門誌・準専門誌が次々と創刊された。被写体の細分化(ティーン、人妻、熟女、巨乳特化等)も進行した。
デジタル移行期(2010–現在)
2010 年代以降、雑誌の発行部数が全般的に縮小するなかで、グラビアの主戦場は雑誌からデジタル媒体(電子写真集、SNS、サブスクリプション動画)へと急速に移行している。Instagram・X 等の SNS でのフォロワー数が、グラビアタレントの市場価値を測る一指標となり、雑誌グラビアは「SNS への動員装置」としての性格を強めている。
2010 年代後半以降のコンビニからの成人向け雑誌撤退、写真週刊誌の部数縮小により、雑誌グラビアの物理流通は大きく縮小した。一方で、デジタル写真集、有料動画配信プラットフォーム、コスプレイヤー文化等を経由した「グラビア的表現」の生産は、形式を変えて拡大し続けている。
表現様式
雑誌グラビアの典型的構成は、ロケ撮影(国内リゾート、海外、スタジオ)、衣装(水着、ランジェリー、コスチューム)、ポーズ(立ち、寝そべり、振り向き、シャワー)の組み合わせによる 8〜16 ページのフォトエッセイ形式である。撮影は篠山紀信、加納典明、立木義浩等の著名カメラマンから、若手・専属カメラマンまで多様な作家が手がける。
表現の境界は、刑法 175 条のわいせつ規制と、各誌の編集方針・読者層により決定される。コンビニ流通誌は厳格、専門誌・写真集は緩やか、海外撮影や芸術指向の高級誌はさらに踏み込む、という階層構造が事実上成立してきた。
近年は巨乳・美乳・巨尻・美脚等、被写体の身体的特徴を売りにする「特化型グラビア」のジャンル細分化が進んでいる。
受容と社会的位置
グラビアの受容は、青年期男性の性的好奇心の満たし方として、戦後日本において最大級の文化的位置を占めてきた。雑誌の物理性(切り抜き保存、回し読み、教室での共有)と、イメージの共有可能性(同じモデルを多数の読者が同時に意識する)が、グラビアを単なる個人消費物以上の社会現象たらしめた。
一方、被写体側のキャリアパスとしては、グラビア出身のAV女優・グラビアアイドル・テレビタレント・女優・実業家への移行が一定数あり、芸能界の入口装置としても機能してきた。被写体の主体性、契約条件、年齢制限、撮影現場の労働環境については、2022 年の AV出演被害防止・救済法 制定の議論を契機に、業界内外で再検討が進んでいる。
文化的言及
グラビア文化はサブカルチャー研究・メディア研究の主要な分析対象となってきた。中森明夫『アイドル工学』(筑摩書房、1989)は、1980 年代アイドル文化におけるグラビアの位置を論じた古典的論考である。篠山紀信『激写』全記録(小学館、2014)は、グラビア写真家としての自身の半世紀を記録した一次資料となっている。
雑誌から SNS へと主戦場を移しつつあるグラビアは、戦後日本の視覚文化・出版文化の形を決定的に規定してきた表現形態として、現在も継続的な研究・批評の対象である。
関連項目
参考文献
- 『グラビアアイドル』 Wikipedia 日本語版 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AB
- 『週刊ヤングジャンプ』 Wikipedia 日本語版 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B1%E5%88%8A%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%97
- 『篠山紀信『激写』全記録』 小学館 (2014)
- 『アイドル工学』 筑摩書房 (1989)
- 『日本エロ本全史』 太田出版 (2019)
別名
- gravure
- グラビア写真
- 水着グラビア
- photogravure