書店の写真集コーナーで、ハードカバーの分厚い本を手に取ると、雑誌のグラビアより数倍上質な紙と印刷で、被写体一人を 80 ページなり 100 ページなりじっくり追いかけている。雑誌の数十秒の消費とは異なる、所有・反復閲覧のための媒体がそこにある。
写真集(しゃしんしゅう)とは、特定の被写体・主題のもとで編まれた写真を一冊にまとめた書籍形式の出版物の総称である。本項では戦後日本における女性タレント写真集の系譜、1991 年の宮沢りえ『Santa Fe』に象徴される写真集ブーム、ならびに芸術写真集とグラビア写真集の境界を扱う。
概要
写真集は雑誌・グラビアと異なり、単行本形式で書店流通する高単価出版物である。一冊あたり 3,000〜10,000 円台の定価が一般的で、初版部数は数千〜数十万部、ベストセラーになると百万部を超える。雑誌グラビアの「使い捨て性」に対し、写真集は「所有して反復閲覧する」物として位置づけられる。
被写体カテゴリーとしては、(1) AV女優・グラビアアイドル等の業界専属タレント、(2) 一般芸能人(歌手・女優・タレント)、(3) スポーツ選手、(4) 一般モデル・写真家オリジナル作品、(5) 報道・芸術写真、と多岐に渡る。本項では特に女性タレントを被写体とする「セミヌード・ヌード写真集」を中心に扱う。
歴史
戦後初期〜1970 年代
戦後初期の写真集は、芸術写真・報道写真の単行本化が中心であった。木村伊兵衛『パリ』(1954)、土門拳『古寺巡礼』シリーズ(1963〜)等が代表で、女性ヌードを主題とする写真集はごく限定的であった。
1968 年の篠山紀信『晴れた日』が、女性タレントの肖像写真集として一定の話題を呼んだ。1970 年代に入ると、平凡パンチ・GORO 等のグラビア誌の隆盛と並行して、雑誌掲載写真をまとめた女性タレント写真集の刊行が増加した。1972 年の梶芽衣子写真集、1974 年の山口百恵写真集等、当時の人気女優・歌手の写真集が散発的に話題を集めた。
1980 年代:芸能人写真集の定着
1980 年代に入り、女性アイドルブームとグラビア文化の拡大を背景に、芸能人写真集の市場が確立した。松田聖子、中森明菜、小泉今日子等のトップアイドルから、新進女優・アイドルまで、毎年数十点単位の女性タレント写真集が刊行されるようになった。
撮影スタイルは、当初は雑誌グラビアの延長線上のスタジオ撮影が主流だったが、1980 年代後半から海外ロケ(ハワイ、地中海、ニューメキシコ等)を売りにした「リゾート写真集」が定着した。被写体の自然光下での身体表現と、観光地の風景の組み合わせが、雑誌グラビアより一段踏み込んだ表現を可能にした。
1991 年:Santa Fe 現象
1991 年 11 月 13 日、篠山紀信撮影・宮沢りえモデルの写真集『Santa Fe』(朝日出版社、本体 4,369 円)が発売された。米国ニューメキシコ州サンタフェでロケされたヘアヌードを含む 254 ページの大判写真集で、当時 18 歳の宮沢りえのフルヌード掲載が社会的事件として大きく報道された。
『Santa Fe』は初版 50 万部を売り、最終的に推定 165 万部に達したとされ、写真集史上の販売記録を塗り替えた。「ヘアヌード」という新概念(陰毛を意図的に隠さない撮影)を社会的に確立させ、それまで刑法 175 条のわいせつ規制への自主規制として行われていた陰毛のトリミング・修整が、表現上の制約として再検討される契機となった。
このときの編集現場では、出版社・写真家・税関・警察行政との実質的な協議が行われ、結果として「芸術性の認められる単行本写真集」におけるヘアヌード掲載が事実上許容される運用へと移行した。これは、雑誌・グラビア・テレビ等の他メディアにおける表現境界をも連鎖的に動かす契機となった。
1990 年代:写真集ブーム
『Santa Fe』を契機に、1990 年代前半は「ヘアヌード写真集ブーム」と呼ばれる現象が発生した。樋口可南子『water fruit』(1991)、川島なお美写真集(1992)、松坂慶子写真集(1993)、原田知世写真集等、芸能人女優・タレントが相次いでヘアヌード写真集を刊行した。1993 年だけで写真集の年間販売額は出版指標年報のピーク水準に達した。
このブームは 1990 年代中盤以降に沈静化したが、写真集が女性タレントのキャリアパスにおける一段階(セミヌード雑誌グラビア → 写真集 → テレビ・映画への進出)として定着する契機となった。
2000 年代以降の展開
2000 年代に入ると、写真集の市場規模は徐々に縮小し、被写体はAV女優・グラビアアイドル・地下アイドルへとシフトした。商業的成功は限定的になる一方、ファンクラブ限定・受注生産・電子写真集等、流通形態の多様化が進んだ。
2010 年代以降、紙の写真集は SNS 投稿・有料動画配信に主戦場を奪われ、新刊点数・販売部数ともに大きく縮小している。一方で、AKB48・乃木坂 46 等のアイドルグループの公式写真集、海外ロケを売りにした女優写真集、復刻版・記念写真集等の特定セグメントは現在も一定の市場を保っている。
主要作品の系譜
写真集史を画した代表的作品群:
- 篠山紀信『晴れた日』(1968) — 戦後芸能人写真集の出発点
- 篠山紀信『My Bear』山口百恵(1979)等 — アイドル写真集の確立期
- 篠山紀信『水着の女王』(1980 年代)シリーズ — 大判グラビア写真集の定型
- 篠山紀信・宮沢りえ『Santa Fe』(1991) — ヘアヌード写真集ブームの起点
- 篠山紀信・樋口可南子『water fruit』(1991) — 同年発売、芸術性志向
- 篠山紀信・川島なお美『川島なお美』(1992) — タレントヘアヌードの定着
- 1990 年代後半〜2000 年代の AV 女優写真集多数 — 業界専属モデル路線
写真家としては篠山紀信が圧倒的な存在感を持ったが、加納典明、立木義浩、宮澤正明、HIROMIX(ヒロミックス、女性写真家として 1990 年代後半に台頭)等、世代交代を伴って多様な作家が活動してきた。
雑誌グラビアとの相違
雑誌グラビアと写真集は、被写体・撮影・編集の連続性を持ちつつも、媒体特性により次のような相違がある。雑誌は速報性・低価格・大量流通、写真集は所有性・高品質・選別流通。雑誌は数十枚規模の短編フォトエッセイ、写真集は百枚規模の長編構成。雑誌は刑法 175 条のわいせつ規制と青少年保護育成条例の網が厳しく、写真集は単行本流通として相対的に緩やかな表現境界が認められる。
これらの相違から、被写体タレントは雑誌グラビア → 写真集の段階を踏んで、より踏み込んだ表現に移行する流路が形成された。
文化的言及
写真集は、戦後日本の視覚文化・出版文化において重要な位置を占めてきた。中森明夫『アイドル工学』(筑摩書房、1989)は写真集をアイドル文化の重要構成要素として論じ、篠山紀信『激写』全記録(小学館、2014)は写真家側からの一次証言を提供している。
『Santa Fe』は刊行から 30 年以上を経ても古書市場で取引が継続しており、戦後出版史の象徴的単行本として参照され続けている。デジタル移行が進む現代においても、物理書籍としての写真集の所有・コレクションは、特定の読者層に支えられて継続している。
関連項目
参考文献
- 『Santa Fe 宮沢りえ写真集』 朝日出版社 (1991)
- 『篠山紀信『激写』全記録』 小学館 (2014)
- 『出版指標年報』 全国出版協会出版科学研究所 (1990-2020)
- 『アイドル工学』 筑摩書房 (1989)
- 『日本エロ本全史』 太田出版 (2019)
別名
- photobook
- 写真集本
- グラビア写真集