シックスナイン
数字の輪郭が体位の名称になった、稀有な事例である。
シックスナイン(しっくすないん、英: sixty-nine、仏: soixante-neuf)とは、二者が頭部と下半身を逆方向に重ねた姿勢を取り、同時に互いの性器に対して口腔・舌・唇による刺激を与える相互的口愛体位を指す名詞である。アラビア数字「69」の字形が、頭尾を逆に組み合わせた二体の輪郭を視覚的に示すという比喩から命名された。日本語では「シックスナイン」「69」「相互口愛」、英語では sixty-nine / 69 / 仏語からの借用形 soixante-neuf が並列する。フェラチオとクンニリングスを一つの姿勢のうちに同時併行させる点で、口腔性交群のうち唯一相互的・対称的構造を持つ体位である。
概要
シックスナインは、口腔性交(英: oral sex)の派生形態のうち、二者の能動性が同等に配分される唯一の標準型として位置づけられる行為である。世界保健機関(WHO)等の医学資料が定義する口腔性交の枠組みのなかでも、当該体位は単独のフェラチオ・クンニリングスが一方向的構造(奉仕者と受け手が明確に分離する構造)を持つのに対し、双方が奉仕者であると同時に受け手でもあるという二重性を持つ点に最大の特徴がある。
姿勢の基本型は二種に大別される。一方が仰臥位を取り他方が上方から覆い被さる「上下型」と、二者が体側を床面に接した「横向き型」である。前者はさらに男性が上に位置するか女性が上に位置するかで下位区分を持ち、女性上位型は「顔面騎乗」と複合する場合もある。
成人映像作品におけるシックスナインは、本番(挿入)場面の前段における導入演出ではなく、しばしば独立した主題場面として配置される傾向が強い要出典。これは当該行為が単なる前戯としてではなく、相互的奉仕という構造それ自体を主題化しうる演出形式であることに由来すると考えられる。
派生・隣接形態として、女性同士の同性間におけるレズシックスナイン、複数人が連結する複数シックスナイン、男性側が能動的に動く要素を強める変形等が並列する。
語源
数字 69 の視覚比喩
「シックスナイン」の名称は、アラビア数字「69」の字形が当該体位を視覚的に示すという視覚比喩に由来する。数字「6」は上端に円弧、下端に下がる尾を持ち、数字「9」はその点対称形にあたる。両者を並列させた「69」の字形は、頭尾を逆向きに組み合わせた二体の輪郭を、抽象化された記号として表現しうる。
当該命名がいつ・どの言語圏で最初に成立したかは確定しがたいが、フランス語表現 soixante-neuf(60 + 9)が 19 世紀のフランス文学・性愛指南書系統において既に使用されていたことが、現代の英語辞典類で確認される。フランス語からの借用語として英語 sixty-nine が 19 世紀末から 20 世紀初頭にかけて性愛俗語として定着し、20 世紀中盤以降は数字表記「69」が単独で当該体位を指す自立した記号として運用されるようになった。
『オックスフォード英語辞典』(OED)は名詞形 soixante-neuf および sixty-nine の性的用法について、19 世紀後半の用例を確認しうる項目として掲載している。
日本語への流入
日本語における「シックスナイン」「69」は、戦後の英語経由の借用語であり、米軍占領期から 1960–1970 年代のピンク映画・成人雑誌系統を通じて流通し始めた。1970 年代以降のアダルトビデオ前史段階の成人雑誌(『Beppin』『SUPER写真塾』等)において既に当該語の使用が定着しており、1981 年のアダルトビデオ誕生以降は業界用語として標準化された。和語による独自呼称(例えば「尺八」のような近世以来の雅称)は、シックスナインに関しては成立していない。これは当該体位そのものが、日本語の口頭伝統よりも欧米由来の輸入概念として流入した経緯を反映していると考えられる。
歴史
古典期・近世における相互口愛
二者が同時に互いの性器を口愛する体位は、人類史の各文化圏に断続的に表象が現れる行為である。古代インドの『カーマ・スートラ』(西暦 4 世紀頃成立)第二部第九章「アウパリシュタカ(口腔交合)」は、口腔性交の各種形態を体系的に分類する古典文献として知られるが、そのなかには二者が逆向きに組み合わさる相互的形態への言及が含まれる。中国の房中術系文献(『素女経』『玉房秘訣』等)にも同種の記述が散見される。
日本の春画においても、二者が逆向きに重なる図像は江戸期の作品群に断続的に確認される。喜多川歌麿、葛飾北斎、渓斎英泉らの春画作には、相互口愛を描写したと解しうる図像が存在する。ただし日本語による独自の呼称は近世期には成立しておらず、画中詞においても具体的な体位名で呼ばれることは少ない。
近代欧米におけるカテゴリ化
19 世紀後半以降、欧米の医学・性科学が性行為の分類を進めるなかで、シックスナインは「相互口腔交合」(mutual oral copulation)の典型形として記載されるようになった。リヒャルト・フォン・クラフト=エビング『性的精神病質』(Psychopathia Sexualis, 1886)、ハヴロック・エリス『性心理研究』(Studies in the Psychology of Sex, 1897–1928)等の古典的性科学文献は、フェラチオ・クンニリングスと並列するカテゴリとして相互口愛を扱った。
20 世紀中盤の『キンゼイ報告』(男性篇 1948、女性篇 1953)は、米国成人を対象とする統計調査を通じ、口腔性交全般の経験率が想定を超える割合で存在することを実証した。同報告は当該行為を独立項目として個別集計してはいないが、口腔性交の高い実施率は、シックスナインを含む相互的形態が一般化する素地が戦後米国社会に存在したことを示唆する。
性愛指南書による普及
シックスナインを「望ましい性愛技法」として一般読者層に提示する系譜は、1969 年に米国で出版された Joan Garrity(覆面筆名「J」)の『The Sensuous Woman』に始まる。同書は女性向け性愛指南書のベストセラーとなり、シックスナインを含む口腔性交技法を、生理的詳細と心理的観点の双方から明示的に論じた。同書は当該年代に約 900 万部を売り上げたとされ、戦後米国の性意識変革における転換点の一つとして位置づけられる。
同種の系譜を継承するものとして、英国の医学者 Alex Comfort『The Joy of Sex』(初版 1972、改訂版 1991)、Susan Quilliam による全面改訂版『The New Joy of Sex』(2008)が並ぶ。これらの一般向け性愛指南書は、シックスナインを「対等な相互奉仕」を象徴する体位として記述し、姿勢の選択肢(上下型・横向き型)、安全な実施に向けた注意点、心理的効用等を平易に論じた。
日本における普及と AV 演出
戦後日本において、シックスナインが一般男性誌・週刊誌・成人雑誌で具体的に扱われるようになるのは 1970 年代以降である。ピンク映画・日活ロマンポルノによる性表現の商業化を経て、1981 年のアダルトビデオ誕生以降、当該体位は映像化される標準演出群の一角を占めるようになった。
日本ビデオ倫理協会(ビデ倫)等の自主規制下、性器・挿入の直接描写が制約されるなか、シックスナインは双方の性器に対する刺激が同時に行われるため、画面上のモザイク処理面積が大きくなる傾向を持つ。にもかかわらず当該体位が AV 演出群のなかに定着している事実は、視覚的訴求力よりも構造的・心理的訴求力(対等な相互奉仕という象徴性)が支持されている可能性を示唆する要出典。
1990 年代以降は痴女系作品との接続が活発化し、女性上位型シックスナイン(女性が男性の上に逆向きに乗る形態)が標準演出として定着した。当該形態は顔面騎乗と複合することで、女性側の能動性を強調する演出構造を取り得る。
派生形態
上下型(対面型)
一方が仰臥位を取り、他方が上から逆向きに覆い被さる基本形。男性が下に位置し女性が上から覆い被さる「女性上位シックスナイン」、男性が上に位置する「男性上位シックスナイン」の二類型がある。前者は顔面騎乗と複合する場合があり、後者は男性側が能動的に動く要素を強めるためイラマチオ的色合いを帯びることがある。
横向き型
二者が体側を床面に接して横臥し、頭部と下半身を逆方向に重ねる形態。上下型と比較して双方の体重負担が均等化されるため、長尺場面に適した姿勢として性愛指南書類に推奨される。The Joy of Sex 系統の書物は当該形態を「持続性のある相互奉仕」として位置づけている。
レズ・シックスナイン
女性同士の同性間におけるシックスナイン。レズ系作品の中核演出の一つであり、二者の身体構造が対称的であるため、姿勢上の制約が少ない点で標準形態の一つとして定着している。
複数シックスナイン
複数人が連結し、各人が同時に他者と相互口愛を行う形態。複数プレイの高密度演出として運用され、二人以上の連鎖により円環的構造を形成する場合もある。
主観シックスナイン
カメラを受け手側のいずれかの視線に据えた撮影形式。視聴者の没入感を主題化した演出として、2000 年代以降の個人撮影・ハメ撮り系作品の普及と並行して定着した。
文化的言及
シックスナインは、欧米英語圏において数字「69」が単独で当該行為を含意する記号として機能するに至った稀有な事例として知られる。日付「6 月 9 日」「9 月 6 日」、価格「6.9 ドル」、年号「1969 年」等の文脈で当該数字が用いられるとき、しばしば性的暗示として参照される現象が指摘されている。1969 年は米国においてストーンウォール暴動・カウンターカルチャーの最盛期であり、Joan Garrity『The Sensuous Woman』の出版年とも重なるため、性解放期の象徴年として「69」が二重の意味で参照される事例も見られる。
文学領域では、20 世紀後半以降の現代作家(フィリップ・ロス、ジョン・アップダイク、村上龍等)の作品群に当該行為の表象が散見される。映画領域では、相互口愛場面が直接的に描写されることは検閲制度の関係で限定的であるが、暗示的演出を経由した象徴的表現は多くの作品に見られる。
日本においては同人誌・エロ漫画・エロゲ等のサブカル領域においても普遍的に表象され、巨乳・痴女・コスプレといった他属性との複合タグとして検索体系に定着している。AV 作品においては、フェラチオ・クンニリングス単独場面が「前戯」として配置されるのに対し、シックスナイン場面は独立した主題場面として中盤に配置される傾向が観察され、当該行為が単なる前戯を超えた主役級演出として運用されている事例が多い要出典。
公衆衛生上の観点からは、口腔性交全般と同様に性感染症(HPV、淋菌、梅毒、HIV、ヘルペス等)の伝播リスクが医学的研究対象となっている。シックスナインは双方向的接触であるため、リスクの相互伝播性が単独の口腔性交よりも構造的に高い側面を持つ。コンドーム・デンタルダム使用の啓発は、当該体位においても同様に推奨される。
関連項目
参考文献
- 『The Sensuous Woman』 Lyle Stuart (1969)
- 『The New Joy of Sex』 Crown Publishers (1991)
- 『The New Joy of Sex』 Mitchell Beazley (2008) — Susan Quilliam による全面改訂版
- 『性の用語集』 講談社現代新書 (2004)
- 『Sexual Behavior in the Human Female』 W. B. Saunders (1953)
- 『soixante-neuf, n.』 Oxford English Dictionary (OED Online) https://www.oed.com/dictionary/soixante-neuf_n
別名
- 69
- sixty-nine
- soixante-neuf
- 相互口愛
- mutual oral